
(No.2)とある、(No.1)はあったのだろうか。
2という数字が気になる。偶数・・・壊れるべきチョコレート粉砕機を模した機能不可のチョコレート粉砕機に(No.2)と刻んでいる。
『9つの雄の鋳型』は9つ(奇数)『チョコレート粉砕機』のローラーは3個(奇数)、デュシャンは確かに奇数に拘っている。
(No.2)は作品全体を指しており、1や3であってはならないのではないか。微妙だが突き放したもの常識、通念)へは偶数を、内的告発には奇数を使用しているという気がする。偶数(ペアー)ではなく、あくまで単数である。
『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』ではイカの甲が一つ(奇数)であるのに対し角砂糖型の大理石は152個(偶数)である。152個は偶然ではなく偶数としての必然であり、男女、♂♀への執着(観念、通念)への対抗、秘かなる抗いを込めての数字ではないか。
『チョコレート粉砕機』の作品を見ると芯棒の上部が見えない。浮いているのか支えられて下がっているのか、床に着地したものかの疑問が過る。存在そのものが危ういと、静かに提示し告発している。バックの暗色は非現実の深層めく、沈黙を呈している。
安定に見える大いなる不安の図を『チョコレート粉砕機』(No.2)としたのは向こう側(常識、通念)への皮肉とも思える。デュシャンは細部に至るまで拘りを貫いている。
写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク・TASCHENより