「2011-TOー9」

 これが何かを限定することは困難である。器にしては大きい(54×62×24㌢)。
 この物の用途・・・水槽にしては浅いし、閉じられていた可能性をも示唆させる。閉じられた内部には水を疑うブルーの彩色(釉薬/ガラス)があり上部には空を暗示させる淡いブルーが施されている。

 形態は円盤状であり装飾の手は加えておらず彩色の白は総てを内包する無であり有を包含する。
《何であったか》、時間をさかのぼる原初への想い。
 二つの物体が重なっているのか一つの物であったかを知る術は無く、結果的に破壊された物体であるが経年劣化という古さ、時間は見られない。
 この真新しい純白は《今現在》である。

 二重構造(層)であることの意味、何かが何かを破壊し、同時に双方が破壊しているという顛末は慟哭の景である。未来への警告か、不思議な景は告発めく鑑賞者の胸に突き刺さる。

『証言』あるいは実況の景として重く響く作品である。

 写真は日経『現代陶芸の開拓者たち・十選』川北裕子より