
『溶けたリンゴ』
溶けた林檎という物はこの世に存在しない。
非存在であるものを存在として提示することは認識の境界線を破るものである。認識は脳内における作用であり、目に見える識別の範囲に呼応しながらも秘めた奥がある。言語化または物質化の領域を由としない曖昧かつ視野の外にある意識の内在は概念を密かにも覆す。
法の規定は皆無であり社会的に及ぼす害もない範疇を作家(雨宮庸介)は作為を以て脅かす。
確かに意図した造形である。観念はそれを拒否するが存在を認可しないわけにはいかず対峙せざるを得ない。
作品は鑑賞者を惑わせる、否定、肯定せざるを得ない作品、大いなる肯定にたどり着くには深い闇(溝)を越えなければならない。
意識改革は通用するだろうか、徒労に過ぎない意識の変革。しかし鑑賞者の眼差しを大きく揺さぶり、《現実と非現実》をしかと認識する。有り得ないことの証明は鑑賞者を困惑させる。
否定、絶対的な否定・・・しかし形になり得る非現実を目の前にして肯定せざるを得ない。奇妙な連帯、繋がるはずのない概念に罅が入る、大いなる罅(ヒビ)は認識の壁に境界という溝を作る。
世界には隙間(無の境界)が存在することの証明である。
写真は日経・文化『「境界」とは?現代美術で再考』より