この鳥かごの意・・・客観的に見た世界(人類)の在りようである。152個の角砂糖型大理石とイカの甲を見ると同じ類と異なるイカの甲を区別(差別)する反応は否めない。明らかに形態に相違があるからである。

 しかしここに温度計があることは見逃せない。何のための・・・室温はどの位置に置いても変化しない。つまり熱量をもつものはなく並べて無機質であり、存在における平等は視覚的な相違より他ない。
 ここに生命といえる変化や意識、主張はなく沈黙しかないのは(死)そのものだからである。死、物質に帰れば問うべきものすら見えない。さらに言えば原子に還るのみ、或いは原子から変化したという在りようである。

 異なることへの反問。
 『ローズ・セラヴィよ、何故くしゃみをしない?』、デュシャンの中のローズ・セラヴィと名づけられた存在しないが存在するものの主張がここに息を潜めている。
《実は存在するのだと》

 写真は『DUSHAMP』より