コミセンに向かうために乗ったバス、渋滞である。
「何かあったんでしょうか」隣席の高齢婦人に問いかけると、
「心配です、帰宅が遅くなるのが」と言い「家では犬と猫は待っていますから、食事が遅れては大変です」「・・・」
「三度の食事のほかにおやつを待っていますから」
「叔父が釣ってきた魚の骨を隣家の犬に与えようとしたら慌てて隣人が制止したって言うんです」
「そうです、うちでは魚は三枚におろして、どうかすれば皮も剥きます。お刺身も好物のようですが、同じ魚が三度続くとそっぽを向かれます」「・・・」
「おやつにはチュールのほかに果物も出します。梨なんか喜びます、でも葡萄はいけないそうで出しません、この間はスモモを出そうとして・・・」延々続くワンニャン(犬猫)の話。
「では残飯なんて言葉は‥」言いかけたわたしに「とんでもありません」と。
「近頃は犬小屋も見かけませんね」
「以前ありましたけど今は物入れになっています」
野良犬や野良猫を見かけることもほとんど皆無。戦後わたしは行きどころのない帰還兵たちが公園で犬を煮て食べているのを見たことがある。(いい匂い)と思ったわたしの空腹はあまりにも悲しい。
犬猫はわたしの想像範囲をはるかに超え家族さながら、それ以上ともいえる扱いになっていることにひたすら驚嘆。
バスの遅延のお陰で今の犬猫事情を知ることが。そう言えば近隣には三か所も『犬猫病院』がある。