『埃の栽培』(マン・レイとデュシャンによる)白黒写真。

 埃、空中に浮遊してきた微塵が重力により床面に落下したものの集積。空中の微塵が時間の経過で降り積もる景色。
 在るが見えないほどの微塵が時間を経て集積した結果、課程。見えないほどの微塵が、その集合により見える物になる。しかし風などの襲来により姿は変化を余儀なくされ形を変え彷徨っていく。

 美的でもなく存在価値を認められることもなく、むしろ汚物として処理される定型を持たない集積である。という結論が一般的、常識、通念である。
 にもかかわらず、ここに何らかの情念、風情を感じ取ったデュシャンの感性。地上における同時代の共有であり、等価性は自虐ではないかもしれない。

 埃は人為的作業に因るものではない、しかし、『埃の栽培』であると。
 人が生活上、無意識に落としていった汚れの集積であるという愁い。生きることで降り積もっていく生活の影である故、栽培は不当に当たらないと言える。

 写真は『DUCHAMP』TASCHENよりジャニス・ミンク