金属のなかに水車があることなどは有り得ない。
 水車のある独身者の器具は意味不明である。

 意味を有する言葉(単語)の羅列、不適合な順列、分離は読者を混乱させる。意味の集合を成し得ない配置の選択は逆に高度な思考配慮を要する。仕掛けられたタイトルはそのまま作品に具現化しているようにみえる。
 すべては《ように見える=仮想》であるが、現実的な精神の狭間(異端)を救い出すという難解な挑戦に挑んでいる。

『近接する金属の中に水車のなかにある独身者の器具』というタイトルを見てその物を想像することは難しいというより不可能である。器具というのはごく簡易的な道具のことであるが、作品全体の構造は作り出すことが困難どころか不可能であるような構築(仕組み)。

 渾身の力量を持って創作された《不条理》、物知り気な識者に対する挑戦、無言の圧であり、デュシャンの含み笑いさえ見える静かなる製作の意図は計り知れないほどの(冷静な)怒りを含んだ挑戦でもある。

 写真は『DUCHAMP』TASCHENより