
裸体ということは肉体であるが、それを構成するものは骨肉ではなく平板な板状の断片により人体を想起させ得る組み合わせである。機械的な連続ではあるが、スムーズさを欠いた雑な集合に見える。
視覚は条件提示(タイトル)により、その方向に添う形で働く。脳(知覚)が後を追うのである。
『階段を下りる裸体』をタイトルなしで見たら意味不明であり感覚的に素材や非効率的な意味を破壊分裂させ得る組み合わせであり、然るべき言葉を見出せない。
《の様である)というバラバラな感想は得られるかもしれないが《の様である》という決定は得られず、曖昧さは回避できない。細部に至るまで丁寧にあたかも対象を写実したかのような複雑さを見せているが、その実、答に結び付くものがないのは、この裸体に精神性がないゆえである。
『階段を下りる裸体』は鑑賞者に納得を要求するものではなく、反感・抗議そして一種の嘲笑さえ予期した作品であり、「この不整合を考えよ」という問題定義でもある。
写真は『DUCHAMP』TASCHENより