選択の意図を感じられない、全く任意の寄せ集め・・・ではある。

 鳥かごは一つの領域(エリア、社会)と認められないこともない。であるならば、四角の角砂糖型の大理石は多数派、温度計やイカの甲は少数派である。そして客観的に見る眼差しの関係性は何を意味するのか。

 無意味と言えばそれきりである。
 意味を捜せば社会の極小化の図ともいえる。見方は千差万別であり個人の感想に優劣はない。答が単一にまとまるという事は有り得ず答えを要求するものでもない。

 淡々と存在する任意の混在はあたかも意味ありげではある、何故なら作家がそれを提示(プレゼント)という形で差し出したからである。
 元来プレゼントは意味(価値)に付随する喜悦を添えるものであるはずという観念(常識)を破り、混乱困惑の反応は決して予想外ではなく、想像の範囲内であったに違いない。

 美的価値や遊戯的興味の無いこの物を選択したデュシャンの真意。
 社会性のない異物、歓迎されない拒否を予想されるいわば塵に等しい不要物、『これがわたくしでございます』という自己証明は不遜かもしれないが、自己開示、告白とも思えるのである。

 写真は『DUCHAMP』図録・TASCHENより