名山に正面ありぬ干蒲団(小川軽舟)

 名山。例えば富士山などでも静岡側や山梨側で(こちらこそ)の論争があるけれど、(どこから見ても)という感想が一般的である。
 名山に正面の決まりはあるだろうか、そんなものはありはしない。干蒲団に於いても、敷布団・座布団などは表裏なく製られ、正面などという認識はない。
 何処から眺めても名山は名山であり見解の相違は個々人にあるが、集約的な美の見解は肯定せざるを得ないものがある。
 名山には正面があるという肯定と否定、或いは大いなる肯定があることも又然りである。


 年きけばちやんちやんこより指出して(長谷川双魚)

 幼児を背負った人に「幾つですか」と尋ねるとちゃんちゃんこに包まっていた子が隙間から指を出して年齢を知らせたという可愛い光景。


 大根を漬けてしまへば真暗がり(大峯あきら)

 大根はタイ・コンと読んで、太、根。
 漬はシと読んで、死。

☆太陽の根幹、死を迎えれば、真っ暗闇である。


 切干も金星もまだ新しく(大峯あきら)

 細切りした大根を陽に干して作る切干、切星(?)であり昔からの保存食である。
 それを金星(太陽系は46億年前)と同列にし、《まだ新しい》という。
 昔からという時間(現代)と、太陽系の億年の時間を凝縮させる凄さ!

 滅亡はなく、未来永劫の時間、計り知れない長さに戸惑いつつ底知れぬ巨きな時空への眺望に驚嘆するものである。