
コップの中の水はやがて蒸発する、無に帰し、それが再び集合することはない。
雨傘はコップの水を拒み、寄せ付けない。しかし水(雨水)を寄せ付けないことに意味がある。
コップの中に集合した水は存在し、雨傘はそれに対抗すべく存在する。
雨傘の上に乗るコップの水の不確かさは「ならば」という想定、問答である。
コップの中の水は自由に流れることを禁じられ、水本来の姿ではない。
雨傘は水を拒否するものであるが、コップの水が流れ出さないかぎり本来の意味は作動しない。
この二つの対立は観念的に無意味に過ぎないが、時間の経由に於いて何らかの出会いがあれば、それぞれの意味を発揮する可能性がある。
有り得ない状況(無)は有り得る状況(有)に発展する可能性を秘めたものであるには違いない。
写真は『ReneMagritte』展覧会カタログより