待春の水よりも石静かなる(倉田交紘文)

 春を待つ心、並べてあらゆるものが春を待ちかねている。
 水も石も(待つ)という精神作用はないが、幾億の春を記憶、記録しているに違いない。
 そして三態を持ち流れゆく水には春に反応する温かさがあり、光を受ける煌めきや華やかさがある。ただ、石の不動は目立たず誘うべき景色も微弱であり、静かに沈黙を続けるのみである。水に羨望を抱く石は作者かもしれない。
 が、(水よりも静かなる)と言い切った腹の内には静かなる闘志の頑強な意志が垣間見える。


 冬了る底知れぬものと思ひしが(相生垣瓜人)

 ああ、酷寒の厳しい冬が終りを告げるのか。
 もう駄目かもしれないと思うほどに突き落とされた冬の冷酷な痛み。どんな辛苦にも終りがあるのかと、ふと気づく。
 救いだろうか、自然の理である春の兆しに安堵する。底知れぬ冬の束縛に開放の春を見、生きて在らばこそ再びの春は廻り来るのだと一人肯く。


 節分や海の町には海の鬼(矢島渚男)

 節分には「鬼は外、福は内」と豆を撒き、邪気を追い祓う寺社などにおける追儺がある。
 百鬼夜行の暗躍、地上の鬼は怖い。
 しかし、海には更に恐ろしい鬼が潜んでいる。海難事故に然り、津波の猛威。それぞれの鬼の暗躍は予想もつかず人を攫っていく。
 海には海の鬼、生活を脅かし、人を呑み込む鬼の除去。
 重ねて豊漁の祈願を叫ぶ海との対峙、大いなる海への感謝と懼れを忘れない。