十年前に俳句の講習を受けた時勧められた「俳句歳時記」(角川学芸出版編)を少しづつ読んでいきたい。

 初冬の木をのぼりゆく水のかげ(長谷川双魚)

 初冬といえば十一月、日が最も短く低くなるころ。水のかげ(光)が鈍角に辺りに反射する。傍らの木に映った影はまるで上ったかのように照っている。妖しくも静謐な光景、風のない小春日和の平穏、林の小道、せせらぎへの郷愁。
 水(地)から木、そして空へと向かう清々しい目の動きがある。
 この清明な空気感、陽の照りの至福に酔う。


 玄冬の鷹鉄片のごときかな(斎藤 玄)

 厳冬、極寒、鷹の鋭い嘴、孤高。
 鉄片の強固、鋭利、落下の恐怖・・・空の暗さ、風の冷たさ、冬に立ち向かう緊迫の呼吸、客観であり主観である一個の立像は雄々しくも静かに息づいている。
 対峙の緊張感は極めて冷静である。


 粥煮ゆるやさしき音の冬はじめ(和田祥子)

 粥を煮る、粥を食すのは病気かそれなりの年齢である、そういう境地を生きている。
 幾度目かの冬。厨に立ち、お粥を愛おしく感じるこのひと時の充足感、煮える音のやさしさは肯定的な明るさを誘い込む。かつては賑やかだった厨も今は音に敏いほどの静けさである。
 寂しいか、否、わたくしは《今現在》を夢幻にとらえて優しさを享受している。