「バナナだよ」と、ぽつ りと言ったEさん。
「奉公先の店の前を綺麗な人が毎日通るんだよ。わたしを見てにっこり挨拶してくれるんだ(あんなきれいな人が田舎者のわたしなんかに)と思っていたら、なんと風邪で寝込んだわたしを見舞ってくれたんだよ・・・当時高価だったバナナを持ってね」
「目を付けられていたんだね、丈夫そうな若いのをさ。ある日(息子と結婚してくれ)って言うだろ。何が何だか分からないまま結婚したら、姑になったお義母さんは赤子を産んだんだよ、舅もいないのに。それで子供を産んでわたしに預けて他所に嫁に行ったんだよ。わたしは我が子と姑の子の二人を一度に育てたわけ」
「それでさ、三回も出たり入ったりして、結局今は呆け老人になって家にいるよ。朝起きると薄い髪を解いて紅白粉だろ、気持ち悪いんだよ。」
「まったく、バナナで騙された一生だったよ」と笑った。
そのEさんも随分前に亡くなったと風の便りに聞いた。バナナを手にすると過る切ない話である。