昨 日、従姉と話していて家の中を片付けなくてはという話になった。
(そう、きれいにして死んでいきたい)誰だってそう思う。
でもままならない執着。
片付けなくてはと思っている傍から物がたまっていく。あれもこれも欲しいし役に立つかもしれない。(かもしれない)という未知の領域にまで及ぶので執着から解放されることがない。
従姉は言う「ついこの間まで娘は『お母さん片付けてね』と急かしていたのに近頃は『もういいわ、姉弟三人でお金を出し合って業者に委託するから」って。
「そう、わたしもそういうことにするつもり」と。《片付けなくては》という強迫に苛まれながら暮らすより、〈後は野となれ山となれ〉方式で行く!
きれいさっぱり業者の方に任せて処分していただくのが一番。死んだら惜しい物なんて一つもないし、子供たちに負担をかけることもない。
書き散らした紙屑や、夢見た布地なんか、皆わたしの遊興。
これからも散らかし放題で生活をゆるく楽しむことに決めた意見の一致。
自分の編んだ編み物に包まって死んでいく話があったけど、それでいいわ。一気に解消した終活問題、笑いながら死んでいく。(死んでやる?)
従姉80才、わたし76才の会話はとどのつまり、こういうことでした。