なぜ箱の上に異種の頭部が乗っているのか。
 箱の内部に身体があるとは思えないが、生きている以上、無いと断言も出来ない。(あるらしい)という推定である。

 推定、空想、思考、五感は頭部に揃っている、触覚さえも。いわば判断を下す指令室である脳を含めた頭部の存在。この二者の対峙は和むという風情でもなく争う術も持たない。ともに永久の眠りの果ての耀き(輝石)とは無縁である。死すべき有機物質である生物がなぜ『宝石』と括られるのか。

 この関係性の妙、不思議な取り合わせ、空気感。分かり合えない矛盾、第三者の鑑賞者においてさえも。説明、論破の外側に答がある。普通の物語、観念的な具体性を一掃している。

 この止まった時空に進展はなく、結論は浮遊したままである。しかし『宝石』と名づく。
 不条理そのものが『宝石』(永遠に光り輝くもの)なのかもしれない。(かもしれない)という存在しない存在の追求がここにある。