「ザムザ氏の散歩」

 陶器の作品である。
 写真を見る限り安定しているように見えるが、ほんの少しの衝撃でも倒壊は免れないという構成ではないか。
 円環、写真では多少不明だが、おそらく一度捻っている。つまり《メビウスの輪》の状態ではないかと思う。

 ごつごつとした肌合い、入口であり出口であるような穴の数多、循環。三本足の不安定(上部の重さに比して三本足は不安定であり位置もギリギリ(一本は浮いてさえいるように見える)。

 F.カフカの『変身』ザムザ氏の悲運、散歩は恐怖に過ぎない。存在自体の醜悪・嫌悪の変身。

 一瞬先の暗闇、暗転。死、消滅を以ってしか平和が訪れないという悲哀。
 閉じているが開いている円環の普遍。生死の連鎖、循環のおぞましさ。虫に変身したザムザ、虫にならざるを得ない精神的脅迫の獄。

 カフカを想い胸を衝かれた作品である。

 写真は日経新聞(2023.8.22夕刊)『京近美、前衛陶芸「走泥社」の回顧展』より(京都国立近代美術館蔵)