わたしはどちらかと言えばだらしない方である。置いたものは置きっぱなし、その上に何かを置き見えなくなったら大騒ぎという具合、サイテーである。

 きれい好きの人の家は玄関に入った途端判かる。室内の空気、風が違うのである。何人かを知っているけれど、従姉Aもそのタイプ。
「お婆ちゃん(伯母)が来ているから遊びにきてね」と言われ訪ねると、彼女自身はひたすら掃除をし、お茶もゆっくり飲まず、すぐ立ち上がり何やら忙しそうに動いていた。
 そうして出されたお茶受けは油揚げ人参牛蒡大根を細切りにし甘辛く煮漬けた昔風、質素だけどまめに手の込んだ総菜の類。
 居なくなったと思ったら庭の清掃草むしり・・・座る暇がない。
「働きに出る主婦がいるけど、よくそんな時間があると思って感心しちゃうわ」と。
 その彼女、忙しく外で働く従姉Bの紹介で(某お偉いさんの部屋だけ)という約束で清掃のパートに出たことがある。きれい好きは特技であって、才能とも呼べるけれど、賃金評価は難しい。

 しかし、よく見ると因果応報、きれい好きの人は立ち居振る舞いからしてどこか慎ましく緊張感のある美しさがにじみ出るものだと遠巻きながら肯いている。