
『終わりなき認識』
認識とは、物事をはっきり見分け、その意義を正しく理解すること。真・善・美の基本。
欠けることのない球体の上で、はるか向こう(世界)を見渡している。地の上に着地しているが、その球体は浮いている。宙に浮く物体は照らされている、しかしその背後からも光が射している。
要するに物理界(現実)と精神界(空想/非現実)、二重の時空をさまよっている認識者たる某。
険しい山を配下に見ているが、球体の上の某には見えない。見えないことは無いことに等しいが必ずしも見えないものが無いわけではなく、単に見えないだけである。
見えないものをも見て結論付けることが認識である。
直視と推定は物理的に一致を見ない。
見えないものを追求する物理的根拠の探求。
表裏一体、しかも存在は流動している。認識は常に危うい状況を前提条件とし、それでも肯定し得る根拠を頑なに信じ捜している。
《絶対への追求=認識》は困難であると同時に、正確に時空を見ようとする人間が、時空を客観的に見ることは不可である。それに因って『終わりなく認識』は正しく成立するのである。
写真は『ReneMagritte』展覧会カタログより