そうか、冥府では冥府の装いをもって嵐(艱難辛苦)を超えてくる人を待っている、お迎えしているのかもしれない。

 来世からのお迎えは光や雲からやってくるとこちら(現世)では考えることが多い。けれど、あちら(来世)でも装いをこらして出迎えているのだとマグリットは切なくも考える。

 誰しもが思いめぐらす来世への道、来世から現世の嵐(艱難辛苦)を見つめる眼差しがあると。

 その境界は見えない、見えないけれど確実に不可逆に閉ざされた来世という空間が在るという設定。姿形は消滅し果てても現世を乞う(願う)精神は残されているのではないか、残されていて欲しいというマグリットの希いである。

 物質界で消滅し果てたとしても精神界は《霊》を残すに違いない、その世界の心象風景はマグリットの心を大きく占めて止まない。

 写真は『Rene Magritte』展覧会カタログより