美しいといえる景であるが無為である。
 役に立つという生産性、機能に欠けている。作品は存在しているが存在の意義を見出せず、虚無感が漂う。哀愁ともいえるし、滑稽でもある。

 製作意図を見出すことは常識という範疇では困難である。
 車輪は回転するがエネルギーを生みださず、放出するのみである。

 存在の無為・・・有るが無いのである。廃棄すべき運命を否定する理由がない。

 この無為、あるいは解放。途方もない淋しさはある種の人間に似ている。ある種とは悲観し希望のない状態の人間かもしれず、人としての資格を自ら疑い、喪失感にむしばまれ行き場に迷う旅人のようなものである。
 有意義な未来を放棄し、ただ存在する。せざるを得ない立ち止まった状況の景である。

『自転車の車輪』・・・この作品を想うとき、ひたすら茫漠とした寂寥感に襲われるのである。

 写真は『DUCHAMP』TASCHENより