わたし達は目に映る景色をすべて見ていると信じ込んでいる。もちろん見ているかもしれないが、それを正確に転写することは出来ない。三次元を二次元に置換すること自体不可なのだから。

 フォンタナがキャンバスをナイフで裂いて見せたことがある。二次元における三次元とは? の答えである。
 見ることは何かの欠落を伴うものであるが、気づくことはあまり無い。なぜなら、視覚作用は必ずしも心理作用に一致しないからである。この不確実な日常に疑惑を持つこともまたその必要にも至らない。

 しかし、錯視という現象は確実に生じている。物理を否定する錯覚は精神界の問題であるが、あいまいに処理される脳裏の事情は明らかに時間の透き間に追いやられてしまう。
 時間と空間の関係にはズレがあり、それを一つの手段として証明し得た作品が『白紙委任状』ではないか。
 語ることなく内包を可能にした作品である。

 写真は『マグリット』展・図録より