SNSで見かけた昔の民謡番組ネタ。
昭和53年からスタートした「民謡をあなたに」のテーマ曲が《故郷に手紙書く夜は》。「民謡とともに」の方は《故郷にシャララ》
歌はジーパン民謡で一世を風靡した原田直之さん。「…手紙」の方はギター弾き語りでお歌いになっていた。
子どもの頃は《シャララ》の方がテンポも速めで好きだった。特に、4番最後の
♪シャララ あ…あ~の最高音がカッコよく、お気に入りだった。
最近、あらためて聴き直すと、年取ったせいか《…手紙》の方がしみじみとして、しっくりかも( ´艸`)
もう18年も前になる。平成16年3月21日に全国新保広大寺大会に出かけた。今更…という感じだが、最近、以前録ったМDを整理し、デジタル化しようという作業をし始めたところ、この大会の録音に気づいた(すっかり忘れていた)。
新保広大寺とは、日本有数の豪雪地・新潟県十日町市、下組新保にある鶴齢山広大寺のことで、曹洞宗の古刹。ここを舞台に、日本中に大流行を見せた唄が生み出されたのが《新保広大寺》である。
そもそもこの唄は、かつての住職・廓文和尚が門前の豆腐屋の娘・お市との馴れ初め、その恋の評判が唄になって流行したという伝説がある。しかし、そのきっかけは、寛永6年(1629)に起こった信濃川の洪水で地形の変わったことから、その中洲の土地をめぐって、寺島新田と上ノ島新田の農民によって始まった、耕作権争いという。それが、上ノ島新田側には大地主・最上屋がつき、寺島新田側にはその中洲が広大寺の寺領であったことから、14代白岩亮端和尚を後押しに加わった。また白岩和尚と最上屋はもともと仲が悪かったそうで、最上屋は、和尚を追い出す作戦を考え、白岩和尚乱行を唄に作って世間に歌わせたという。
この唄が瞽女や大神楽の神楽衆によって全国に伝播するところとなるのだ。有名なところでは《津軽じょんがら節》や《八木節》などになったという。
つまり、全国を駆け巡った口説節や古代神といった唄の源流が十日町市にあったという。
平成16年は新保広大寺節保存会創立30周年であり、大々的に全国新保広大寺大会が開催されたのである。
もう、記憶が薄いが、この時の録音が出てきたので、音源のみをアップした。
《新保広大寺》新潟県十日町市(新保広大寺節保存会)
《新保花笠》新潟県十日町市(新保広大寺節保存会)
《新保おけさ》新潟県十日町市(新保広大寺節保存会)
《細広大寺》新潟県十日町市(新保広大寺節保存会)
《六方広大寺》新潟県十日町市(十日町民謡協会)
《下条天神ばやし》新潟県十日町市(下条天神ばやし保存会)
《新川古代神》富山県滑川市(新川古代神保存会)
《壁塗りおけさ》新潟県十日町市(野口芸能保存会)
《広大寺》新潟県十日町市(野口芸能保存会)
《広大寺》新潟県魚沼市(中家民芸保存会)
《かぐら広大寺》新潟県魚沼市(中家民芸保存会)
《よしよし踊り》新潟県栃尾市(西中野俣芸能保存会)
《広大寺踊り》新潟県栃尾市(西中野俣芸能保存会)
《梨平古代詞》新潟県上越市清里区(梨平古代詞保存会)
《笹神古代神》新潟県阿賀野市(笹神民謡研究会)
《子守口説》新潟県阿賀野市(笹神民謡研究会)
《木崎音頭》群馬県太田市(木崎音頭保存会)
《八木節》群馬県(前橋八木節協会/四代目矢場勝社中/五代目堀込小源太社中)
現在でも全国新保広大寺大会は行われているようだ。また機会を見て訪ねたい。
コロナウイルス感染拡大のため、令和2年、3年と中止になった岐阜のおどり。
今年は感染対策をとることで開催となった。
名物の徹夜踊りは、例年では午前4時、5時まで行われていたのを、今年は午前1時終了。
また、踊りながらかける「かけ声」もなし、踊りの間隔をとるということなどのお約束。昨今の流れでは当然だろう。
郡上おどりでは、会場に入るのにお宿でいただいたこのステッカーを持参する。
もちろん、自分のワクチン接種や職場等の状況をお伝えしての処置。
踊り会場では受付でこのステッカーを見せてからの入場だ。
白鳥おどりでも同様。
やはり踊り会場の受付で状況を確認して、ステッカーをいただく。
ようやく踊り会場へたどり着く。
踊っていると、前の方との間隔も狭まっていく。自分も時折、輪から外れて、間隔をとるようにして踊っていた。体力もなくなってきたが、休みを多くとりながらの踊り参加。
マスクをしているが、すぐに汗でビショビショになり気持ち悪くなる。まあ、しょうがないね。
いつまでこうした状況が続くか…踊りだけの問題ではないが、早く終息してくれることを願うばかり。