カメラマンのサトウヒトミ。
彼女との付き合いは、計算すると… 34年。
めまいがするほど、長い…
長いはずなのに、ヒトミは34年前から、時間が止まったかのように若者のままでいる。
長女のたくみちゃんは、ファッションリーダーとして絶大な人気を誇っているし、
弟のこう君だって、立派な社会人だ。
だのに、変だ。
ヒトミは、あの頃と変わらない。
いや、むしろ少し華やいでいたりもする。
子どもたちが社会人になったので、一気に解放されて、若い男と恋にでも
落ちているのだろうか。
「ない」
と、ヒトミは柔らかい声で、穏やかに笑って言う。
そうか、ないのか。
ねぇ、何か、飲んでる?
もし飲んでいるのなら、こっそり教えてよ。
そんな話を聞こうと…、いや違う。
プロフィール用の写真を撮ってもらうために、私は以前、月島のヒトミの家に
お邪魔した。
部屋の中でひときわ目をひいたのは、リアルな爬虫類の置物。
それが、あまりにも精巧に作られている。
その上、大きい。
50センチくらいあるように見える。
爬虫類が苦手な私は、心の中でヒトミのセンスを疑う。
「なにも、爬虫類じゃなくても…」
まあ、この機会だから見ておくかと、じっと見つめていると、置物の目玉が
チロっと動いた。
全身と、脳の中までブワッと鳥肌が立った。
え?なに?
今、動いたよね。
動悸が激しくなる。
逃げようにも、身体が硬直して動けない。
ヒトミ、こ、これ、何?
もしかして…もしかして
アフアフしている私の前を、そいつはゆっくりと横切り、部屋の隅に移動した。
「あ、それ本物。生きてるから」
いつもの柔らかい声で、平然と言い放つヒトミ。
その後の会話は、ほとんど記憶にない。
記憶にないのだが、薄ぼんやりと憶えているのは、どうやらこう君が、
お祭りの縁日で、イグアナの子どもをゲットしたらしいということ。
お、お祭り・・・
そんなものを、爬虫類を、景品で出すのぉ?
なんでそのチョイスなんだよ、祭りの実行委員!
その後、グウと名付けられたイグアナは、サトウ家の穏やかな空気の中で
スクスクと育って、こうなった。
そ、育ったな。
嘘でしょ。
でかいよ。
怪獣じゃないか!
「か、かまない?」
私の声は、緊張のあまり震えている。
「かまないよぉ。性格、良い子だよぉ。
表情も豊かだしねぇ」
いやいやいやいや、表情、わかんないから。
皮膚、固そうだし。
昔、イグアナの娘っていうドラマがあったけど、それすら怖くて観れなかった
からね、私。
私は、サトウ家滞在中、一度もグウに触れることが出来ず、グウも私を
完全に無視し続け、撮影は私だけ異様な緊張感に包まれたまま、
静かに終わった。
イグアナの寿命は、10年から15年。
グウはあれからも、ずっとサトウ家の家族として生き続け、子どもたちの
成長を見守り、たくさん愛されてこの世を去った。
ヒトミが撮りためたグウの写真を観ると、サトウ家の空気がわかる。
ズンズン大きくなる子どもたちに逆らうように、どこよりもゆっくりとした空気が
家の中に流れている。
それは、グウが作り出した空気。
あぁそうか。
ヒトミの時間を止めたのは、グウだったのか。
そして家族とグウの時間は、一冊の写真集におさめられた。
私と爬虫類との距離は縮まらないけれど、ヒトミが撮ったどの写真よりも、
私は、グウの写真が好きだ。
ヒトミが大切にしているもの、ヒトミが愛しているもの、かけがえのない
ものが、この写真には、たくさん写し出されているから。
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