私は以前、とても疲れ切った時に、小笠原に逃げ出して、とても救われました。


別人のように日に焼けて、元気に東京に戻ってきた私を見て、友人たちは驚いたようです。




「濱田は、小笠原ですごい体験をしたらしい」。その噂が、尾ひれを付けて広まりました。




「濱田は小笠原で神様に出会ったらしい」


私の知らないところで、何だかスゴイ話になっていました。(^_^;)




そんな時、友人のフリーアナウンサーが、彼女の所属する事務所の社長に会ってほしいと連絡をとってきたのです。




社長と言っても、当時の私より1~2歳年上の、30代前半のステキな女性です。


何度か面識もあります。




友「うちの社長が、あなたの小笠原の体験を聞きたいんだって」


濱「なんで?わざわざ時間をとってする話じゃないよ」


友「濱田が、小笠原で神様に出会ったらしいって話をしたの」


濱「え、え~っ!何でそんなことを!!イルカは見たけど、神様は見てないよ!」


友「どうしても会いたいんだって」


濱「困るよ~、そんなことを言われても~」


友「実はね、彼女・・・もうそんなに長く生きられないのよ」




数ヶ月前から体調を崩していた社長は、周囲の誰にも打ち明けずに、仕事を続けていたそうです。




彼女は、会社の経営者になることが、幼い頃からの唯一の夢でした。


その夢が、やっと叶ったのです。仕事も順調に発展しています。

病気なんかで、この仕事を手放すわけには行かないと、無理を重ねたようです。




しかし体調不良は、周囲の人間にも気づかれるようになりました。

私の友人が、病院に連れて行き、検査を受けさせたのです。


そして、ガンが発見されました。




彼女は独身です。両親に心配をかけたくない一心で医者に嘘を付いて、告知を自分ひとりで聞いたそうです。




余命、数ヶ月と伝えられました。




そんな人が、顔見知り程度の私と、会いたがっているというのです。私は、この話を断りました。


私などでは想像もできない苦しみを抱えている人に、どんな言葉をかけて良いのかわからなかったからです。




それでも、社長と友人の願いを断りきれず、私たちは会うことになりました。


待ち合わせ場所のホテルのラウンジで、彼女は、硬い表情で座っていました。




「お聞き及びかもしれませんが、私はガンです。




実は、長く生きられないかもしれないと知った瞬間に、情けないことに、すごく後悔したんです。


私は夢を実現させました。頑張ってここまで来たんです。

でも、本当に幸せだったかどうか、今はわからないんです。


解決しなければならない問題が、私の心の中にあるような気がします。でもそれも何だかわからない。

 

私には、時間がありません。


ガンを治すことなんて、もうどうでもいいんです。

でも、心の問題を解決しないと、死んでも死に切れない。


あなたが神様を見て、救われたというのならその話を聞かせて下さい。




残された時間を、ただ幸せに生きたいんです」




私は、言葉を失いました。




私は自然の中で、当たり前の生活をしただけで、元気になれました。

その自然のエネルギーを神様と呼ぶなら、私は確かに神様と共にいたのかもしれません。


でも、そんな話をしたところで、彼女の救いになるとは到底思えません。




目の前にいる人は、死の宣告を受けて、恐怖に震えて、嘆き、焦っています。




「私には、時間がないんです」




彼女は繰り返して言いました。




「プロのカウンセラーやセラピストにお話されてはどうですか」




私は、彼女に言いました。




「もちろん、そうしました。でも、ちゃんと話を聞いてはくれませんでした。ガンだというと、専門外だと言われるんです」




私は、彼女の孤独を思いました。誰にも、弱みを見せずに生きて来たのです。


私のように、何の利害もつながりもない人間にしか、心の奥底を打ち明けられなかった、彼女の寂しさが胸に迫りました。




結局、私には何もできませんでした。




適切なアドバイスも、寄り添うように話を聞くこともなにもできないまま、彼女と別れたのです。




数ヵ月後、彼女が入院したと友人から連絡を受けました。


私は、会うことが怖くて、お見舞いに行けませんでした。

花束を贈っただけで、会うことを避けてしまったのです。




彼女の死の知らせが来たのは、そのすぐ後でした。




葬儀場の受付で気丈に働いていた私の友人は、私を見ると泣き崩れました。




「花束、とっても喜んでいたよ。元気になったらまた濱田さんに会いたいと言って笑ってた。ありがとうね」




私は声が出せませんでした。


申し訳けなさと、情けなさで、友人にかける言葉が見つからなかったのです。




にこやかに微笑む彼女の遺影の前で、彼女のお父様が憔悴しきった様子で、力なく泣き続けていました。




◆幸せに生きる




あれから10年以上の歳月が過ぎ、私もさまざまな経験をしました。




今なら、彼女の恐怖や孤独にもっと寄り添うことが出来たのでしょうか。


いえ、たぶん今でも、私は何ひとつ出来ないでしょう。




ただ、私は今、ご縁があってレッスンに来て下さる人たちに、必ずお伝えしていることがあります。




「今を幸せに生きて」。




人生は期限付きです。必ず終わりがきます。思っている以上に、短いものです。




「格好悪いのは嫌だ。人に嫌われたくない。どうせ私なんて」などと、クヨクヨしている時間はありません。




わずか30数年で逝ってしまった彼女が、私たちに教えてくれたのは本当の自分のニーズに耳を傾けること。

そして、自分を大切にして幸せに生きることです。




私たちは、幸せに生きるために生まれてきました。




あなたが幸せだと、周囲の人も幸せにすることができます。




悩むことも、迷うこともあるでしょう。


ダメでも、弱くても、情けなくても大丈夫です。




どうぞ、今を幸せに生きて下さい。




(2006年9月6日発行号より)







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