◆逃亡
17年程前のことです。
私は、ひとりよがりでコミュニケーション下手の32歳、独身。
あらゆる問題をひとりで抱え込んだ上に、八方ふさがりになって
いて、完全に行き詰った状態でした。
その上、原因不明の喘息・呼吸困難・全身の疼痛などに襲われて、
心も身体も崩壊寸前になっていました。
世界で一番遠いところへ逃げたい・・・
でも、出来れば言葉が通じる場所が良い・・・
そんな情けない理由で選んだ逃亡先は、交通手段は船のみ、片道
29時間もかかる、遠い小さな島でした。
◆休息
おりからの台風の影響で、船は激しく揺れ、壮絶な船酔いと闘い
続けて半死半生の状態で降り立ったのは、小笠原列島の父島。
そこには、私が生まれてはじめて見る、真っ青な海と空が、茫洋
と広がっていました。
お日様の暖かさ、潮の香りや風の心地良さ、波の音や小鳥の声の
優しさ、満天の星空の美しさ・・・
どれをとっても、それまでの私の生活には欠けていたものばかり
です。
でも、もしかしたら、それらはいつも私の側にあったものかもし
れません。
私が、それを受け取っていなかっただけ。
自らを閉ざし、堅いカプセルの中に閉じこもるようにして毎日を
生きて来たことに、その時、ようやく気付きました。
心と身体がやわらかく開き、五感がイキイキと活性化してくるの
がわかりました。
◆夜明け
ある日、4~5人の旅行者と一緒に、父島の近くの無人島に出かけ
ました。
自分達で釣った魚を食べて一泊する、サバイバルツアーです。
日が暮れると、灯りのない島では、あたりは闇に包まれます。
ところが、その日は、見事な満月。
月の光がまぶしいと感じたのは、この時が初めてでした。
粗末な小屋で仮眠をとった後、私は小屋を抜け出して、ひとりで
小高い山に登り、断崖の突端に座りました。
はるか足元では、海鳴りがごうごうと聞こえています。
私のかたわらには、野生のヤギの骨が散らばっていました。
目の前は、ゆるやかな曲線の水平線。
頭上には、大河のようにゆっくりと雲が流れて行きます。
圧倒されるほどの、荘厳なシンフォニーを聴いているような気が
しました。
すると、唐突に、左前方の水平線の夜の色がゆるみました。
夜明けでした。
◆神様
太陽の光が空と海を隔てるように姿を表したとき、その反対側の
空は、まだ深い夜でした。
満月が、こうこうと輝いています。
左に太陽、右に月の壮大なパノラマです。
朝と夜、光と闇、そして生と死・・・
小さな私の存在も含めて、宇宙の循環のすべてが、そこにあるよ
うな気がしました。
「これが、神様の本当の姿・・・」
何の迷いもなく、そう思いました。
「すべては、一瞬も留まることなく変化している。
変化することが、唯一の真実」
突然、そんな言葉が胸の奥に響きました。
◆そして今
小笠原から東京に戻ってわずか4ヵ月後に、私は夫になる男性と
めぐり逢い、新しい人生を歩き始めました。
変化を受け入れることで、私の人生が大きく動き始めたのです。
今の私の原点は、あの無人島の夜明けにあります。
さぁ、2010年が始まりました。
たくさんの人たちが、大きな変化を体験する年となるようです。
今までの価値観が、まったく通用しなくなるほどの変化だとも言
われています。
でも何故か、あの夜明けの一瞬が、私を呼んでいるような気がし
てなりません。
恐れることはない、変化し続けることこそ唯一の真実なのだと、
あの日の声が、今再び、聴こえているのです。
あなたの新しい1年が、大きな変化の中でも、
歓びと美しい響きに満ちて
幸せな日々でありますように
(2010年1月8日発行号より)