私は歌い手として、「絶対できない」と思い込んでいたものが、
ふたつありました。
それは、「マイクなしで歌うこと」と「即興で歌うこと」です。
オペラの発声を練習したわけではないので、あんなに強烈な声
は出せないし無理です。
そして「即興」や「アドリブ」は、ジャズのコード進行を理解
しているボーカリストじゃないとできません。
というわけで、「即興」も縁のない世界でした。
「マイクはないけど、自由にナマで歌ってよ!」などと、誰か
に軽く言われると、とても憤慨しました。
「どうせ、できないだろ」
とバカにされたように思い込み、くやしかったのです。
ところが・・・
◆やって!
「浜田さん、このシーンは即興で行きましょう」
「そ、即興って・・・」
「うん、メロディーは自由でいいの。夜明けや希望を象徴する
シーンだから、そんな雰囲気と声でね!」
「でねって、あの・・・」
「じゃ、リハーサルを始めます」
これは、ダンスパフォーマンスのリハーサルのときの、演出家との
会話です。
この作品は、約50人のチームで創造します。
そこには、5歳から80歳までの老若男女が入り乱れ、プロの
ダンサーも、健常者も障害者もいます。
私は、ほんの一瞬ですが、声を出してひとつのシーンを支えま
す。
プロの歌手は私ひとりなので、逃げるわけにはいきません。
でも、恥はかきたくない。失敗はしたくない。怖い。どうしよ
う・・・(ToT)
混乱しているうちに、リハーサルは進行していきました。
◆ほら、飛んで!!
飛び込み台の上で、恐怖に身をすくめているような状態だった
私が、覚悟を決めました。
今までの体験、経験、知識、諸々の引き出しを、全て開き、自
分のできることを探したのです。
出番がきました。
ダンサーの方が「夜の声」を出しているシーンに、私の声が重なり
ます。
夜明けの声です。
それは、未来や自由への希望の声でもあります。
私は、自分を信頼し、あふれ出てくる声に身を任せました。
その会場には、車椅子の脳性麻痺の少年がいました。
歩くことも、言葉を発することもできない少年です。
その彼が、私たちの声に呼応するように、一緒に歌い始めたの
です。
三人の声が響きあい、空気を震わせ、静かに会場全体に広がっ
ていきました。
何人かの人が、涙を浮かべていました。
あたたかな歓びが、私の胸を満たしました。
その瞬間に、私のできないものリストから「即興」と「ナマ声で歌う」
という項目が消えました。
勇気を出して、エイ、ヤッ!と飛ぶと、思った以上に世界が広
がります。
そのことで命を失うようなことは、絶対にないのですから、安心して、
一歩先に進みましょう。
それは、些細なことで構わないのです。
苦手な状況に、笑顔で対処できた。
はじめて、自分から声をかけてみた。
そんな、小さなエイ、ヤッ!が、あなたの中に積み重なると、
それはいつしか、大きな大きな、輝きと力に育つはずです。
(2006年5月4日発行号より)
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