手術が無事に終わり、2日後から少し桔平ちゃんは動いたりするようになりました。初めて泣き声を聞いたのは生後6日目。
そして、その日から初めてミルクを鼻チューブで飲むようになりました。(それまでは点滴で栄養注入)
母乳もそこで入れてあげられていたし、直接吸わせることはほとんどできなかったけど、それでも母として、母乳をあげられるのはとても嬉しいことでした。
そして、桔平ちゃんと一緒の入院生活も生後7日目で終了。私だけ退院することに。
車の中では、桔平ちゃんが心配で心配で泣きました。
今までは夜間も搾乳した母乳を届けていて、その度にチラっと顔を見ることもできたのに、今日からもうそれができない。。
何かあってもそばにいてあげられない。
あまりにもか弱い我が子なだけに、いくらNICUにいるとはいっても心配で仕方ない。
帰路、久しぶりに食べたいと懇願してマックを食べましたが、やっぱりなんだかしんみりしちゃって、ほろ苦い味わいでした。
翌日からは通院。
その日から桔平ちゃんは突然一般病棟へ移動。
でも、気軽におじいちゃんおばあちゃんも面会できるようになったので、たくさん会わせることができたのでよかったです(^ ^)
私の生活はといえば、昼も夜も3時間に1回搾乳して、せっせと冷凍。それを毎日届けていました。
帝王切開だったから、なかなか歩くのもままならず、最初の1ヶ月は親が車で送り迎えをしてくれました。
本当に感謝。
浜辺さんは、病院と会社が近いから、お昼休憩を使って時間があれば抱っこにきてくれていて、ほんとに愛情深いパパでした。
桔平ちゃんは、哺乳瓶で飲めるようにならないと退院は難しいといわれていたので、入院中、哺乳瓶の練習を毎日していたけど、やはり逆流が激しく飲むことはほとんどできず。。
チューブで栄養をとっていたけど、痩せる一方。。
この子は大丈夫なのか、不安で不安で、、そんな通院生活を2週間過ごした頃、桔平くんは一般病棟からGCUに移りますと言われ、先生からお話があるので旦那さんと来てくださいと言われました。
どんなアホでも、ピンときますよね。
あー嫌な話なんだなと。
旦那の予定を合わせ、先生とのお話の日。
いつものように桔平ちゃんを抱っこしていたら、普段はそんなことしないのに、妙に微笑むような表情をしていました。
「何をいわれても心配しないでね。大丈夫だからね。」と言っていたのかな。
そして、その日から初めてミルクを鼻チューブで飲むようになりました。(それまでは点滴で栄養注入)
母乳もそこで入れてあげられていたし、直接吸わせることはほとんどできなかったけど、それでも母として、母乳をあげられるのはとても嬉しいことでした。
そして、桔平ちゃんと一緒の入院生活も生後7日目で終了。私だけ退院することに。
車の中では、桔平ちゃんが心配で心配で泣きました。
今までは夜間も搾乳した母乳を届けていて、その度にチラっと顔を見ることもできたのに、今日からもうそれができない。。
何かあってもそばにいてあげられない。
あまりにもか弱い我が子なだけに、いくらNICUにいるとはいっても心配で仕方ない。
帰路、久しぶりに食べたいと懇願してマックを食べましたが、やっぱりなんだかしんみりしちゃって、ほろ苦い味わいでした。
翌日からは通院。
その日から桔平ちゃんは突然一般病棟へ移動。
でも、気軽におじいちゃんおばあちゃんも面会できるようになったので、たくさん会わせることができたのでよかったです(^ ^)
私の生活はといえば、昼も夜も3時間に1回搾乳して、せっせと冷凍。それを毎日届けていました。
帝王切開だったから、なかなか歩くのもままならず、最初の1ヶ月は親が車で送り迎えをしてくれました。
本当に感謝。
浜辺さんは、病院と会社が近いから、お昼休憩を使って時間があれば抱っこにきてくれていて、ほんとに愛情深いパパでした。
桔平ちゃんは、哺乳瓶で飲めるようにならないと退院は難しいといわれていたので、入院中、哺乳瓶の練習を毎日していたけど、やはり逆流が激しく飲むことはほとんどできず。。
チューブで栄養をとっていたけど、痩せる一方。。
この子は大丈夫なのか、不安で不安で、、そんな通院生活を2週間過ごした頃、桔平くんは一般病棟からGCUに移りますと言われ、先生からお話があるので旦那さんと来てくださいと言われました。
どんなアホでも、ピンときますよね。
あー嫌な話なんだなと。
旦那の予定を合わせ、先生とのお話の日。
いつものように桔平ちゃんを抱っこしていたら、普段はそんなことしないのに、妙に微笑むような表情をしていました。
「何をいわれても心配しないでね。大丈夫だからね。」と言っていたのかな。