この時期にぜひ指摘しておかなければならない戦史といえばやはり硫黄島の戦いである。世間では民間人も多く犠牲になった東京大空襲や沖縄戦、原爆投下などのニュースに埋没しがちであるが、軍事的にいえば硫黄島の戦いが太平洋戦争最大ともいえる激戦であったことは間違いないだろう。

その特徴は

・米軍の消耗(戦死・戦傷者数)が日本軍の消耗を上回った稀有な例として有名である。

・多少の確執はありながらも陸海軍の連携が比較的うまく取れたともいわれている。(諸説ある)

・日本軍はロケット砲など新兵器を惜しみなく投入。そのため小笠原兵団(栗林忠道中将)はその1個師団程度の兵力に対して数個師団に匹敵する火砲を有した。

・塹壕、地下坑道など事前の巧みな陣地構築が功を奏した。米軍の猛烈な艦砲射撃や爆撃による被害を減らし、上陸した米軍に猛反撃を行うことができた。

・東西約8km、南北約4kmという小さな絶海の孤島にもかかわらず、西竹一(1932年 ロサンゼルスオリンピック 馬術 金メダル獲得)中佐指揮する戦車第26連隊が置かれた。

・サイパン島、グアム島など次々と日本軍の拠点を占領し、いよいよ沖縄など日本の本領土に本格的に侵攻しようとしていた米軍にしてみると日本軍の予想外の奮戦はやや驚きであったようだ。(一時は米軍側の司令官スミス中将の解任まで囁かれたそうだ。)

などである。列挙し始めたらきりがないのでこのくらいにしておくが、軍事的な面で興味がある方は『栗林忠道―硫黄島の死闘を指揮した名将 』柘植久慶(PHP文庫)などがオススメである。また、硫黄島の戦いの生存者の体験記として『十七歳の硫黄島』秋草鶴次 (文春新書)も興味深い内容であった。

たまには先の大戦を純粋に軍事的な観点から考えてみるのも良いのではないだろうか。いわゆる「平和学習」で学ぶことが戦争の全てではないのだから。

〈おまけ〉

①激戦地となった摺鉢山が背後に見える。
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②硫黄島は真横から見るとかなり不思議な形をしている。左端に見えるのが先ほどの摺鉢山。
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③火山活動が活発で島内至る所から自然にガスが吹き出している。坑道の中はかなり劣悪な環境であったそうだ。
戦前は硫黄採取などのために多くの島民が生活していた。戦後は米国からの返還後も海上自衛隊の基地が置かれ、原則的に民間人の立ち入りは認められていない。そのことが硫黄島の戦いの知名度の低さの要因の一つかもしれない。
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