優等生な高校生の、お話でした。

どろっとした悩みなんかも、すべてが爽やか。

わたしが高校生の頃、こんなに一生懸命に生きてなかった気がするな。。。



小学校の卒業式で起こった事件がきっかけとなって、自分の住む団地から出ることができなくなった主人公。

世界を狭めてると言われ、白い目で見られながらも、自分のなかで精一杯前向きに生きる姿勢は、わたしは好き。

でもそれは、わたしがただの傍観者だから。

もしもこの主人公が、家族だったら?子供だったら?と考えると、悲観してしまうかも。

だからこそ、主人公の母親の偉大さに、感服してしまう。

我が子を信じ、大丈夫って思える強さを持った親が、いまの日本にどれくらいいるんだろう。

願わくばわたしも、そんな親になりたいな。




憎まれ天使。

志穂さんそのもの。

志穂さんてすごいや。

すごいと思うけど、会うのは怖いな。

何を諭されて何を正されちゃうんだろう、わたし。







戸籍って、不思議ですね。

もしかしたら、入れ替わっているひとが、いるのかもしれない。

誰も気づかないまま、別のひとの残りの人生を生きているひとがいるのかもしれない。

そのひとが、ほんとうにそのひとだと、どうやって証明したらいいのか。

親友の過去も、ダンナさんの過去も、もしかしたら両親の過去も、すべては偽りかもしれない。

偽りだとして、それまでの生活は真実なのか、それともそれも全て嘘になってしまうのか。

平野啓一郎さん、好きです。

死んだひとが生き返る。

そんな世の中、大変だけれど、ちょっと会ってみたいな。

おじいちゃん、おばあちゃん、若くで亡くなったおばさんたちに。

聞いてみたい、いろいろなことを。

遺影に向かって、ときどきわたしが話しかけていることを、直接、聞いてみたい。

助けてって泣いたことも、何度もあるのに、誰も答えてくれなかったもん。

親しいひとが亡くなったときは、そのひとと一緒にいた自分も亡くなってしまう。

自分自身は確実に存在しているし、そのひととの思い出もある。

それなのに永遠に、そのひとと一緒にいるときの自分(この小説ではそれを分人と読んでいる)は失われてしまう。

ひとりの人間のなかにたくさんの分人がいて、その分人みんな、ほんとうの自分自身。

亡くなったひとを見送るときって、自分自身の一部も見送ってるんだねきっと。

だからより一層かなしくて、つらくて、涙が止まらないんかな。

死んでから数年後に生き返った主人公が、ラストに向けて「死にたくない、死にたくない」という想いに駆られるところはもう、胸が苦しくなるくらい。

自分の人生を、大切に生きたいです。

自分を大切にするってことは、周りのひとたちも大切にするってこと。

子供たちやダンナさん、家族、友達、みんなを、大切にしたいです。

当たり前のことだけど、普段はなかなか気づかない、そんなことに気づかせてくれる、小説です。