三冊。

読み切りました。

文章自体につられて、読み進めることができました。

解釈が合っているのかはいまいち自信がありませんが、

壮大なラブストーリー。

?

村上春樹さんの作品に触れるのは初めてですが、何となく、恩田陸さんを思い出しました。

不思議なお話。




一週間とあけず、このニ冊を読んだ偶然になんだか鳥肌ものでした。

内容を知らなかっただけに、既視感がすごくて、あらゆる箇所で立ち止まって考え直すことも度々。

被害者、加害者、遺族。

少年Aと呼ばれる過去、現在、未来。

それぞれの立場。

それぞれの想い。

理解しきれるはずもないけれど、苦しいですね。

「少年Aなんて、保護されるべきではない」
「被害者と同じ苦しみを与えて殺してしまえ」

凄惨な事件を目の当たりにしての動揺や嫌悪を露わに、正義を主張する世論。

一方では、たとえ自分の家族に疎まれようと、他人に批判されようと、少年Aを守り、更生を信じる人々。

また一方では、少年Aということを知らないままに、現在の彼と交わり、その存在を大切に思う人々も。
少年Aと知ったときの、その人々の苦悩はどれほどのものか。

そして、一見すると、苦悩する人々の真反対にいる、少年Aを崇める人たち。
確かにいるのだろうことに、驚愕する。

これは小説で、各々の登場人物のやるせなさも苦しみも悲しみも辛さも、わたしはただ、わかったつもりになっているだけ。

だけどいまこの瞬間も、現実の世界で、こういう心を抱えながら、一生懸命に生きている人々がいるということを、忘れたらいけないんだろうと思います。










ザ・サスペンス!

その一言に尽きます。

まだ実家にいる頃、2時間のサスペンスドラマを家族でよく観ていました。

この人怪しいね、いやいや、そう見せかけて実は犯人この人なんじゃ?

そんな会話をしながら、家族団欒をしていたこと、思い出しました。

そして、いまはひとりで、犯人探しを終えたところです。

新婚旅行から帰る途中、突如消えた新郎。

待てど暮らせど、姿の見えない新郎を心配する新婦。

警察に駆け込み助けを求めるが、一緒に撮ったはずの結婚式の写真にも旅行中の写真にも、彼の姿は写っておらず。。。

最初からサスペンス!!

新郎はどうなったのか。
新婦はこれからどうなるのか。

二転三転する自分の推理!!

サスペンスドラマ不足な方は、ぜひ読んでみてください。








もしかしたら、そう遠くない未来、世界はこんな風になっているのかも。

コロナ禍のいま、濃厚接触者だとか密を避けようだとか、そんな言葉ばかりを耳にするようになったから、余計にこの小説のような未来を想像してしまう。

ここに書かれる多くの若者は、1人で生きていくことを望み、老いへの恐怖から自殺することも日常茶飯事。
手首に巻かれた包帯に血が滲んでいても、それは若い人の象徴らしく、誰も気に留めない。

恋や友情を必要としないこの世界の若者は、外出をしない。

そして殆どがそのような若者なので、街には「2000年世代」と呼ばれる若者の姿は、ほぼない。

生(または、性)に執着しているのは年を取った者ばかり。

そのために少子化はますます深刻化し、国は「アカガミ」作戦を行っている。

「アカガミ」は、現在でいうところのマッチングアプリだけれども、国を挙げてのものなので、その内容は至れり尽くせり。

「アカガミ」に「志願」し選ばれると、生活の不安はなく、自分の家族も国から援助してもらえる。
そして番い(カップル)になり、さらに子を授かると、その生活はグレードアップし、ますます守られ大切にされるので、待っているのは輝かしい未来ばかりのよう。

赤ちゃんが産まれたら、赤ちゃんのお世話をきちんとしてくれる人も派遣されるし、子育ての不安も心配も、全て吸収してもらえるんだ、うらやましいな、なんて思っていたけれど。

大事にされることと管理されることは紙一重。

そうか、こういうことが起こり得るのねと納得すると同時に、腹立たしさと、でもこれが本来のあるべき姿か、これから、ある意味ほんとうの家族になるんだねがんばれ、という感情も湧いてきたり、すっかり感情移入。

それにしても、作中に登場する、性を仕事としている国家公務員の女性が放った言葉が印象的。
「子宮は子どもを産むためにあると思うわ。(※このあとも続きますが、あまりに衝撃的で、だけど言い得て妙なので、ここには書けません。もちろん、そんな女性ばかりではないですが。)」

でも、思ってしまう。

人間が恋をして結婚して子どもを作り家族を作るのは、自分を忘れてほしくなかったり、※のようなことだったり、確かに、そういうことなのかも。
現在の私たちは、そんなこと考えたこともなく、ごく自然に家族になったという人が多いだろうけど、人間(特に女性)の本能の奥深いところには、※のような恐怖が宿っているのかも、と。






雨の日は長靴が重宝します。

そしてそんな日は、ついつい、長靴メインのコーデを考えます。

ちなみに今日は、黒の吊りスカートに袖長めのベージュのカットソー。

服がシンプルなので、バッグは柄物にしました。

これまた、雨に濡れても大丈夫なビニール素材。

コーデを考えてると、ときどき、「ゆきー、コーデを考えて」と言われて、友達のクローゼットを見せてもらったことを思い出します。

一緒に買い物に行って、「これはどう合わせる?」って聞かれることはあるけれど、クローゼットを直接見るのは、なかなかできない体験。

あのとき、ものすごく楽しかったんですよね。

デートのときはこれ、明日はこれ、飲み行くときはこれ、ってな具合で、友達のクローゼットから服を選び出す楽しさ。

あんな体験を、またしたいな、って、今日はふとそんなことを思いました。

例えば、どなたかがわたしに依頼してきます。

わたしはその方をお客様と呼びます。

お客様のクローゼットを開けて、コーデを作り出していると、クローゼットの隅に放置されているカーデを見つけます。

お客様依頼のコーデを作ったあとで、そのカーデを使ったコーデも作ってみます。

「わー、このカーデ、どう使っていいのかわからなかったの」と喜んでくださるお客様。

お客様が希望されるのなら、お買い物にもついて行きます。

「わたし最近、靴をずっと探してるの」
こんな形で、色はこんなで、、予算もちゃんと設定して、ご希望に沿う靴をお客様と探し回り、その靴をメインとして、またコーデを作りあげる。

そういうお仕事をするわたし。

・・・雨の音を聞きながら、そんな妄想にいちにちを費やしてしまいましたとさ。