今日の話はもしかすると、賛否両論あるかもしれない。
この年末年始、もし創作系の話題で荒れているのを目にしたとき、モチベーションをかき回されて休日を無駄にしないための、心構えについてです。
ぼくが常々Twitterを見ながら思っている「創作についての議論」との、付き合い方の話。
何かと荒れやすい創作界隈だけれど、今の話題にも昔の話題にも、この先の話題に対しても使える、「こういう考え方もある」を、一つ紹介したい。
〇白でも黒でもグレーでもない選択肢
Twitter上ではたびたび、創作について荒れ気味に議論される。
そういう時、白か黒か一緒に議論する、自分であれこれ考えてみるといった以外の選択肢で、「原稿に関係ないから、どちらでもいい」と見なかったことにするという、半ば無視に近い接し方がある。
要は、議論に参加もしないし、議題について、深く考えることもしないという対応だ。
例えば、ある話題で「作者より頭のいいキャラは書けない」と結論づいたとして、それで何か、明日から書くもの、思いつくものは変わるだろうか。
そういうキャラを思い付いたら書くし、思いつかなければ書かない。書いてみてつまらなかったら失敗で、面白かったら成功だ。それだけの話じゃないか?
失敗だったとして、その原因は、ほんとに頭の良さに原因があるのか? その証明は、どうやってすればいいんだ? そしてそれが正しいことを、誰が保証してくれるんだ?
「このキャラは自分より賢いから、書くのをやめよう」こんなムーブをする気なら別だが、そうでもない限り、どんな結論が出ても、明日や明後日、もっと先に書く原稿にだって、関係してこないんだ。
そういう議題について、「どっちでもいい」という選択を取るのは十分現実的だと思うし、成立しうると思う。上の話に限った話じゃなくね。
不安になるくらいならミュートしてしまえばいいし、気に障るからといって議論に参加する必要もない。議論がうまくいかずに、嫌な思いをする可能性だってある。犠牲になるのは、何物にも代えがたい、自分自身のエネルギーと時間だ。
議論そのものはとても有意義だし、活発にそういうことがされていくのは、素敵なことだ。
でも、議論の中にもいろんな種類があって、その中の「創作とは」みたいな難しい話は、「自分の作品に活かす」という見返りが欲しい人がするには、少し違うということを知ってほしいんだよね。成長とか成果とか、見返りが欲しいなら、やることは他にある。
Twitterでも言ったけれど、そういう難しい話は、余裕のある貴族がやる、一種の知的ゲームくらいに思っておくと、気が楽だ。
ゲームに意義がないと言っているわけじゃない。ゲームは有意義だ。議論だって有意義だ。ただ、その意義があなたが求めているものかどうか、エネルギーを投入する前に、少し考えてみてほしいんだ。
自分が欲しいものを自覚して、その上での判断を、おすすめしたいわけ。
〇限りある資源を大切に
「これは創作に関わる話かもしれないが、果たして実作に関わる話なのだろうか?」こういう見方をすることによって、荒れている話題から、創作メンタルや、エネルギー、モチベーションを守ることができる。
もちろん、あなたがそういう議論に参加することでエネルギーがチャージされるタイプなら、どんどん参加するべきだ。
でももしあなたが、そういうのが苦手だったり、そういう風潮に疲れてしまっているなら、一歩引いた態度をとることは、悪いことではない。
荒れている話題を見たとき、実作に関わらない話なら、「へぇ~」程度に思っておこう。いつか「あー、その時の話は、こういうことだったんだな」と感慨にふけることもある。ただ、頑張って関わっていく必要は無い。時間もモチベーションも、エネルギーも有限だ。ただでさえ仕事で疲れているのに、これ以上疲れることはない。
辛い人は無理に参加する必要はないし、白黒つけることにエネルギーを回す余裕がない人は、「いろんな考え方があるなぁ」と、見ているだけでもいい。少なくとも、白黒つけるのは自分じゃなくていいということを、覚えておいてくれ。
小説にかける思いを浪費してしまうと、最後は書くことそのものを、嫌いになってしまうかもしれない。そんなの最悪だ。
〇気にすることはないことを、気にすることはない
この先、いろんな創作論で荒れているのを見るかもしれないけど、その時「これは創作に関わる話かもしれないが、果たして実作に関わる話なのだろうか?」と思い出してみてほしい。
そこに割くエネルギーで他のことをする方が、あなたにとってプラスになる可能性は、十分ある。
実作に関係ないなら、気にすることはない。実作に関係ないんだからね。
突発記事なので今回も、文章のお化粧は少なめ。
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