「・・・この間の体育館の人たちも?」

淳が一瞬黙る。でも、私が本当に話したいことは、そのことだった。

「あの人たちは、淳に見てほしくていたわけじゃなかったんでしょ」

「・・・あれは、俺のおせっかい。もう出ないんじゃないかな、死体見つかったし」

「そういう問題なの?」

どうしてそれで終わるのか、その二人のいきさつもわかっていないのに。

「うん、そういう問題」

「・・・何かあった?」

「なにも」

嘘だ。

「ねえ、直接会ってなくたって嘘ついたらわかるんだよ」

淳が黙る。今度は沈黙が続いた。しまった、追い詰めすぎたと思った。落ち着くために細く長く息を吐いて、はきつくしたところで大きく息を吸って声を変える。

「まあ、でも淳が話さないって決めたことだったら、いいんだよ。無理に聞こうとは思わないしさ。ごめん、言いすぎだったね」

淳は、ああ、というか、うう、というか、なにかうなってから言った。

「そういう物分りのいいこというなよ。本当にいいとは思ってないんだろ」

「思ってるよ」

反射的に答えてしまって、本当のことっぽくないなと思った。

「思ってるよ、本当だよ。淳にいやな目見させるのと私が聞きたいのとどっちが大事かなって考えたら、淳のほうが大事だって思ったから、聞かなくっていいんだよ」

「・・・聞きたいのは変わらないんだ」

「そりゃそうさ!」

おどけて見せると、淳もようやく笑ってくれた。神経質になっているようだから、多分何かあったんだろう。でも、もういい。

「でも、電話って、珍しい選択だよね。そこまでして説明してくれてありがとう」

「実は山下の入知恵」

「え、佳奈ちゃんの?」

「なんか、話しておいたほうがいいぞ、危機だぞって」

佳奈ちゃんありがとう。思わず苦笑する。

うん、じゃあね、また明日と言い合って電話を切る。

会わないで、顔が見えない状況で話すというのは、こういうときに有効かもしれない。本音にちょっと近かったし、私も頭が整理できた。

聞きたい、より、話さなくて言いよ、のほうが優先だ。

淳がどうしてそう思ったんだろうという問題は何も解決していないのに、なんだか安らかに眠れた。私自身の問題は解決してしまったからだろう。

その日は塾に行って、淳とは一緒に帰らなかった。だから決戦は明日だ、と思っていた。

そうしたら、淳から電話がかかってきた。

夜の8時くらい、夕飯を食べ終わって今日帰ってきた模試の結果を見、思ったよりよかったので両耳の上が痛い感じでほくそ笑んでいたときだった。電話が鳴った。家の電話はお母さんがいるときはお母さんが取ることになっているので私はとらなかったが、どうやらお母さんはお風呂に入っているようで電話が鳴りっぱなしだった。とろうかなと思っていたら、隣の部屋で姉が取った。すると、転送の発信音がなった。とると、姉だった。

「うーちゃんに電話、水沢君」

うわっとおもった。

「ありがとう、お母さんたちには内密に」

「電話くらいいいじゃない」

私は保留ボタンを押して電話に出た。

「淳?」

「香子?あ、よかった、今さ、ちょっと迷った。お姉さんだったんだよな」

「そうだよ、声似てるでしょ、お母さんも間違える」

「今電話よかった?」

「うん」

私も淳も電話よりあって話すほうがやりやすい人間だから、電話越しの淳の声は新鮮だった。

「どうしたの?珍しいね」

「うん。顔を見てると話しづらいからさ、電話越しに」

「話しづらい?」

なんだろう、いつもと違うことを言っている。速度重視のために言語化はしないでイメージのまま展開予想を並べてみる。別れ話、もう一歩前へ行こう、部活で怪我した、どこかへ行こう、何か悪い死者を見た、私が8月の誕生日にあげたスパイク入れをなくした、成績が落ちた。・・・だめだ、全部逃げてしまった。多分、11月の。

「うん。・・・香子、俺がなんとなく変だと思ってるみたいだったからさ」

「まあね」

「というか、普通になろうと思ったというか」

「は?」

「うん・・・俺、もう、死んでる人のこと見ないことにしたんだ」

「なに?」

見えているのに見ないことにする?そんなこと、不合理じゃないかな?

「無視するっていうこと?」

「そう」

「見えているのに?」

淳が下を向いている時の感じの声でぼそぼそと話している。こんな淳は珍しい。私は、自分の声がとがり過ぎないように注意した。

「見えないようにする」

「・・・そんなことできる?」

「するんだ」

「もしかして、だから最近、死んでる人か生きてる人か、確認してた?」

「・・・ばれてた?」

私はため息で返事にした。淳は、どうも力が強くなっているというか、死者を見ることに慣れてきてしまっているせいで、あまりにもきちんと見える死者は生きている人間と区別が付きづらくなっていたようだった。

「そう、練習してた。で、こう、徹底無視しようと。そしたら相手もアピールしてこなくなるかと思ってさ」

「向こうに、察してくれって示すの?」

「そうそう。結局俺に見えるのって、なんかしてほしい人が多いからさ」

しかし、案外淳は話がうまい。私がそのことについて聞こうとすると、するっとごまかしてはかわすのだ。

「・・・私って話しべたかなあ」

昼休み、いつもどおり一緒にいた佳奈ちゃんに聞いた。額の真上、前髪と横髪の分け目のした辺りで考えながら話す。

「そうでもないと思うけど何で?」

私と佳奈ちゃんは、図書委員の当番じゃないときは、お弁当を食べ終わった後はいつも二人で本を読んでいる。けれど、唐突に話を始めても応えてくれるところがとてもありがたい。

「ん・・・」

「いや、いや、みなまで言うな」

「は?」

「どうせ水沢のことなんでしょ?」

「・・・なんでそう思うの?」

「・・・なんでそうわかりやすいの」

佳奈ちゃんは、いかにもわざとらしく、フンというように軽く鼻を鳴らして見せると、本にしおりを挟んで閉じた。

「だって香子ちゃんが長く話をしてるのって女子と水沢だけじゃない。ほかの男子なんて挨拶程度かっていうくらいで。それで女子相手だったら香子ちゃんが口で負けたりなんかしないもの」

「・・・まあ、男子は苦手だからね」

「それならなんで水沢がいいかなあ。もう、しかたないけどさあ」

「や、うーん、なんとなくというか、雰囲気?」

「フンイキ」

もう一度、鼻を鳴らされた。

「まあ、香子ちゃん、水沢と話してると感じ違うからね。とたんに女の子はいるから」

「え、そう?態度違う?やな感じ?」

「やな感じとまではいわないけどね、あそこまで露骨だともうみんなあきらめてるわ」

「・・・でもほら、淳って話しやすい感じじゃないかな。佳奈ちゃんだって、ほかの男子の事は君付けが普通なのに淳は水沢だし、時々話してるし」

「あれは話しやすいからじゃないの、いじめてるの」

「え?」

「だって香子ちゃんと付き合ってるんだもん、ちょっとくらいいじめたっていいんだもん」

「なにそれー」

思わず笑ってしまった。要は佳奈ちゃんも淳のことを嫌っているのではないというところにたどり着いたようだ。

「別に下手じゃないと思うよ」

「え?」

「話」

「うん、まあ、ありがとう」

佳奈ちゃんは伸びをすると、本をもう一度開いた。

「話したいことがあるなら、話せばきいてくれるんじゃあない?」

「いや、聞きたいことがあるんだけど話してくれないんだ」

「まあ、それは、最悪直球勝負に出たら?」

「ストレートに聞くって事?」

「そう」

「うーん・・・考えてみるわ」

「聞きづらいなら私が聞こうか?」

「いやいや、私が聞かないと意味ないんだ」

「ふうん、じゃあ、がんばれ」

目は本に落ちている。わざとらしいなあ、優しいなあ。佳奈ちゃんは、私がほしいと思っている着地点に誘導してくれるのが本当にうまい。私は、考えていたわだかまりのような悩みの熱が、滑らかに頭の中央を通り過ぎるようにとけて楽になってしまって、ついつい苦笑した。