次の日は一緒に帰れる日だった。いつもどおり、淳が図書室に迎えに来てくれる。いつもどおり教室で淳がシャツを代える。淳の今の席は、あの男の子を追いかけるために変えてもらった一番前の一番廊下に近い席だ。
私は教室の前のドアの向こうから声をかける。
「淳」
ドア越しだけれど一番近いのだから聞こえる。ほかの教室には誰もいないようだ。
「何?」
淳の声も、ドア越しでも聞こえる。
「あの日さ」
走っていった男の子を追いかけて、淳が階段を登っていったことまでは知っている。後で先生にしかられていた。
「いつ?」
「淳が授業サボった日」
「やな言い方するなあ、そうだけど」
「追いかけていったじゃない」
飛び降りるところをみちゃったの?だから、もう見るのをやめるの?
聞いてはいけないと思って寸止めする。
「いやあ、屋上いけなかったんだよね、鍵かかってて」
「え、そうなの?」
あ、嘘かな、と思った。すぐじゃあ何で帰ってこなかったの?
「まあしゃあないよな」
「そうだねえ」
「おまたせ!」
声とともにドアが開く。そのまま階段を下りて外に出る。中庭を通るときにみたら、コンクリートをはがされた旧体育館があった位置は、もう砂利が敷かれて駐車場になっていた。
「体育館、こうやって見ると、広いねえ」
私には、取り壊されたばかりの体育館が見えていた。建てられたときにその横に並んでいたつつじも、取り壊しのときに正門の近くに移された桜も見えていた。
「あ、いや、ほら敷地的にも」
また淳に対してはガードが甘い。私にしか見えていないのだから、気をつけなくては。
「香子はさ」
「ん?」
「この先も、昔のもの、見るのかな」
「・・・考えたことなかった。見えるんだから見ると思うよ。というか、そういうのって自分では選べないものじゃない?現実のものと同じだよ」
「見るの、やめたほうがいいんじゃないかな」
私は、できるだけ穏やかに聞こえるように答えた。怒っているわけじゃないとわかってもらえるように。
「どうしてそんなの決めなくちゃいけないの?見えるものは見える、見えるんだからやめるも何もないんじゃないかな」
「いや、見ないようにするというか、無視するというか」
「・・・淳、無視するっていってたよね、そういえば。見えてること自体は否定できてないじゃん。まあ、それは別にいいと思うんだけれど、私はそれを決める気はないもん。見えるものは見えるでいい。きれいなのだったり楽しいのだったら楽しめばいい。それは、今のものでも、昔のものでも一緒だよ」
「・・・そういうの見えるので、いやなことってなかった?」
ちょっと考える。いやなこと…空襲のあとの焼け野原が見えたことがあるとかぐらいだろうか。いいたいことがかみ合っていない気もするが、そのまま話す。
「なんで?見えるのは見えるのだもん、いやもなにもないよ。まあ、ほかの人に言っちゃいけないのはわかってるから。淳に対してはちょっと甘くなってるんだけどね」