「あけましておめでとうございます」

「はい、おめでとう」

「えっと、水沢君です」

「はじめまして、お邪魔します」

「はい。いらっしゃい」

さ、どうぞ、と祖母が促す。昔の家の離れとはいえ、古い家の隠居所であり、普通の一般家屋と同じ平屋のつくりで、2LDKの広さに茶室と納戸がついている。今の香子の家よりも広いくらいだ。

「お参り、お稲荷さんに行ってきたの?」

「ううん。大国主さまのほう」

「あら、じゃあ面倒させたわね」

「国分寺のほう、混んでそうだったし、バスちょうどよかったからそうでもなかったよ」

「じゃ、まずはお茶点てましょうか」

「わ、うれしい。水沢君、おばあちゃんのお茶おいしいんだよ」

淳は、香子が自分のことを久しぶりに「水沢君」などとよぶのが面白くて、ただ「うん」としか返せなかった。

廊下から縁側に回り、茶席に入る。淳にはよくわからなかったので、ただ、なんだか小さい部屋だなとだけ思った。でもなんだかきれいな部屋だ、落ち着く、とも。

「今日は略式だからね、普段はここから入らないんだよ」

香子が説明してくれる。

「じゃ、淳が上座ね、お客さんだし」

そういうと床の間の前を示した。

「いや、よくわかんないんだけど」

「いいの、座って」

「正座だよね」

「できればね」

淳は素直に正座した。呼ばれたときからしびれるのは覚悟の前だった。

ほどなく紀久子がやってきた。そこから一応の作法どおりにお菓子が出され、足を崩すことを勧められた淳は胡坐になり、香子と喜久子に教わりながら薄茶を飲んだ。淳にとってはどれも初めてのことだったが、紀久子の手さばきはとてもきれいだと思い、抹茶というのもとてもおいしいと思った。

お道具をしまい、落ち着いて話を始められたのは、二人が家について1時間ほどしてからだった。切り出したのは、紀久子だった。

「そうそう、そういえば、二人はどういうきっかけで付き合いだしたの?」

唐突だった。香子も唐突な話し方をするが、それはどうやらこの紀久子の遺伝なのではないかと思わせるものだった。

「おばあちゃん何いってんの?」

香子としては、このいまだに旧体制の女学生を思い出させる祖母からそんな下世話な単語が出てくるとは思いもよらなかった。

「やあねえ、聞きたいなって思って。お生徒さんたちの話題でも多いのよ?やっぱり恋愛ごとって聞いていると楽しいんだもの」

淳も驚いてしまって言葉もなかった。その気配を感じながら香子は話をそらそうとした。もうこうなってしまったら付き合ってること自体はごまかせない、せめて突っ込みは回避しよう。

「誰から聞いたの?お母さん、には話してないか、じゃあおねえちゃん?」

「ううん、見たの」

翌日、淳と初詣に行く約束になっていた。年末からの約束で、香子が行ってみたいという電車で少し言った先にある創建1500年という神社に行った。地元の人間しか来ないような大きさになっているが、香子によれば昔は大変な広さで、江戸時代にはこの界隈では最大の神社だったようだ。

「すごいの、巫女さんとか神主さんがね、いっぱいいるんだ。で、お参りの人もたくさん」

淳にはよくわからないが、香子が楽しそうだということはわかったから、それで十分来たかいがあった。

「あー楽しかった、じゃ、ごめん、次はおばあちゃんちね」

今日はこの後、この神社からバスで一本の香子の祖母の家に行くことになっていた。なんでも祖父の死後、ずっと独身を通し、彼女自身の実家の離れで書道と茶道の先生をしていたらしい。

「祖母の姉が婿を取って家を継いでいたからね、仲がよくって家事の手伝いをしてくれる祖母が出戻ってくるのも好都合だったみたい」

香子はこともなげに言うが中学生男子の淳には実感のわかない話だった。

「だから私とかが遊びに行っても歓迎してくれるし、今日も自分たちはお年始周りに出かけるけれど遊びにいらっしゃいって。私たちがこの神社に来るのを知ってたみたいなタイミングだわ」

淳は昨日のうちに香子から事情を聞かされ、淳の承諾を受けて香子が紀久子に今日の訪問の約束をしていた。だから、今日の訪問は唐突だが、実に順調に決まった。

バスは30分ほどで紀久子の家の近くについた。そこからは香子は道順を知っているので、淳を促して10分ほどの道のりを歩いた。

「初詣用のバスがあるから早かったねえ」

「あ、普段はないんだよな、臨時って書いてあった」

「うん、このままずっと行くと国分寺?と稲荷大社があって、そこまで続きでおまいりに行く人が結構いるんだ、それ用の臨時便。今の時間はすいてたけど、もっと早い時間とか昨日とかすごかったんじゃないかな」

古くからの住宅街を歩いてほどなく紀久子の家の前に着いた。

「さて」

香子は、チャイムを鳴らすのに、一瞬間をおいた。

「緊張?」

淳には、祖母からの手紙に、淳のことを知っているらしい様子があったことは伝えてあった。淳のことは姉にしかはっきりとは話していないことも。

「まあね」

そういって、チャイムを押した。

足音が近づいてきて祖母が引き戸を開ける。インターホンには応答していない。

「いらっしゃい」

そういうと、祖母はいつもどおりに笑った。すっきりとしたシャツに厚手のカーディガン、ロングのタイトスカート。浮世離れした笑顔だった。


みるということ 8


そして、二人が出会ったという幸運についての話。

香子は、正月に母方の祖母から年賀状をもらった。

香子の祖母は、香子の母である都子を生んでからほどなく夫である香子の祖父が死に、母を祖父の家において実家に帰ったという人だった。でもその後も祖母と祖父の家は関係は悪くなく、母と祖母は断絶するということはなかったし、母が大学で祖母の家の近くの大学に進学したときには祖母の家から通うことになったほどだった。そして現在は、偶然だが、父の敬一郎の転勤で現在の官舎に来ることになり、偶然それが祖母の現在住んでいる家から車で1時間ほどという近さになっていたため、以前よりは行き来が盛んになっていた。

しかし、さすがに正月は父方の実家に帰った。年末に祖父と一緒に仕事をしていた弟、香子にとっては大叔父が入院する騒ぎがあったので、お見舞いをかねてだった。受験生の姉は行かなかったが、久しぶりに親戚が集まってにぎわった。

だから、親戚はいいなあという気分があったせいで、実家に帰ってみて祖母からの年賀状が来ていても、普段は自分が正月に送って祖母からは返事という形でしか年賀状が来たことがないことについて、あまり深く考えなかった。

「あ、紀久子おばあちゃんから年賀状」

香子の家では、母方の実の祖母は紀久子おばあちゃん、母の養母である大叔母は正子おばあちゃん、父方の祖母はつや子おばあちゃんと呼び分けている。

「え、香子ちゃん一人だけに?珍しいわね」

母は自分の母のことだけあって目ざとかった。

「なんて?」

「ん、なんか遊びにおいでって」

「そうなの?」

香子は、それだけ答えて自室に引き取った。そして、もう一度はがきを見る。

そこには、祖母のきれいな楷書でこうあった。

「きょうこちゃん、あけましておめでとう。よかったら一度遊びに来てください。仲のいい、一緒に帰ったりしているお友達と一緒にでもいいですよ。」

これは、どういう意味だろう。なぜ、紀久子おばあちゃんは淳のことを知っているのか。

そういえば、おばあちゃんと長く話したことはあまりなかった。