「え?」

「その、美江さんとも直接話したことはなかったわ。夢で見たの、しかも彼女がなくなった晩に、彼女の記憶ごと全部ね」

「…一生に見た、そういうものの記憶ってこと?」

「それだけじゃなく、彼女自身も忘れているような、彼女の生きた63年分全部よ」

淳と香子が目を見張る。喜久子にとっても、初めての告白のはずなのに、香子と淳からは平然と見える様子で続ける。

「夢って、イメージでしょう。だから追体験するように、そうね、映画の再生みたいに感じるのでなければ、受け取るのは一瞬で済むの。私の見る夢は、正夢なら現在でも過去でも未来でも、色はその人の目が見たまま、音もその人が聞いたまま聞こえるの。温度や触った感じも感じることがあるわ。正夢以外の夢は、その中のいくつかがかける。白黒だったり、音がなかったり、いくつか重なってかけるのだったり。だから、簡単に正夢とそうでない夢が区別がつくの」

建物を中心に見る香子には、非現実過ぎてどういうことか、すぐにはわからなかった。でも、現実にはいない人間と会話をする淳は、それがとても恐ろしいことだと気づいた。

「それは、全部の人の、一生分の記憶を見ることがあるということですか。それは、何人くらい、何年分ぐらい…」

喜久子は微笑んだまま言った。

「一生分の記憶を見た人は45人、それ以外の断片的な記憶だけ見た人だと300人くらい。ほんの一こま見えただけの人もいるし、香子ちゃんたちみたいにいくつかの場面だけ見えた人もいるしね。全部合わせると、そうね、500年分くらいじゃないかしら」

香子は、恐ろしくなって両耳をふさいで身を伏せた。でも、それで音が、喜久子の声が聞こえなくなるわけもなかった。ひざでにじり寄ってきた喜久子が香子の背をなでる。

「ねえ、香子ちゃん、私はこういう風に生まれたの。私にとっては、そんなに怖いことじゃないのよ。子供のころはうまく舵を取れなかったからうまくいかないこともたくさんあったけれど、おじいちゃんと結婚したころからだんだんうまくいくようになったの。おじいちゃんとは、すぐに別れなくちゃいけないことは、出会ったころからわかっていたけれど、おじいちゃんがとてもまじめに生きてきた人だとわかったから結婚できたし、幸せだったと思うわ。だから大丈夫。そのことは、忘れないでね」

淳は、ぼんやりと二人を見ていた。香子と同じ恐怖に襲われてもいた。でも、初めてしたという告白が、自分たちになされたということの意味も、考えなくてはと思えた。

「あの。じゃあ、香子と見え方違うんですね、遺伝、とかじゃないのでしょうか」

紀久子がおや、という顔をする。

「そうね、ただ、私の母方の家はこういう感覚がある人間が時々出たみたいだわ」

「誰か知っていますか?」

「ええ、私の叔母に見える人がいたわ。その人は仏門に入っていたんだけれどね。その人の場合は、人が目の前にいると過去の映像が見えるんですって。だからもうお寺が大繁盛でねえ」

「どうして」

「うせもの探し」

どうも、こういった能力があることと、それでも能天気なのは遺伝らしい。

「まあ、私もだけれどその叔母も誰にも見えることは言ってなかったからね、お寺に来る人にはどうやって探しているのかはばれていなかったと思うわ。法力だと思われていたでしょうね」

「ちなみにどうやってお互いにお互いの力を知ったの?」

「んー…ばかばかしいって、怒らないでね。名前がねえ」

「名前?」

「そう。あなたの名前は香子だわねえ。香る」

「そうだね」

「私の名前は?紀久子。聞く子ってことね」

「はい?」

「で、その叔母は出家前は美江、といいました」

「…安直だね」

「でもその名前、お母さんが考えたでしょう」

そのとおりだった。

「なんとなくわかったんでしょうね。五感に関することの名前をつけられた女の子の半分くらいはなんらかの能力があったな」

といっても数が少ないし、見えても黙っている人もいたでしょうし、そもそも見えていることがわからなかった人もいたかも、となんでもないことのように笑いながら続ける。

「今、母屋には男の人の家系しかいないから、見える人は香子ちゃんの系統に写ったのかもしれないわね」

そういうものか、と淳としてはぼんやりと思う。僕はそれこそ身内にそういう人間はいないが、家系としてこういう人間はいるのか。あまりにぼんやりしていて思考さえも淳は普段あまり使わない指示語ばかりになっていることに、順次新気づいていなかった。

「水沢君は、家族の誰かに自分の見えること、話したことある?」

「いえ、僕は、すごく子供のころに友達とか、最近は川島さんにしか話したことがないです」

香子は、そんな話をそういえばしたことがなかった、と驚く。自分は子供のころから家族にオープンだったから、あまり疑問に思ったことがなかった。

「そうよね、そういうのが普通かもね。私、この話するの、今日が始めてよ」

「は?」

淳が喜久子を見直す。

「だから、夜、二人が一緒に帰ってるのを、見たのよ」

「…どこで?」

「夢で」

「何言ってんの…?」

香子が口ごもる。こんなドリームなこと言う人ではないはずなのに。どうしよう、ぼけたか、ごまかされているのか。祖母は上品に口元を覆って笑みを含む。彼女がよく見せる少女のようなしぐさだが、独身生活が長い分生活感が薄い喜久子には十分似合うものだった。

「今までねえ、誰にも言ったことなかったんだけど、私、夢でいろいろなことが見えるの」

「…はい?」

「だから、最近は二人がいろいろ見えたことを話し合ってるのを見るのが楽しくって」

「ちょっとまって、ってことは、おばあちゃん私たちが付き合ってるのって」

「そうよう、誰かに聞いたわけじゃないの。だって見てればわかるわよ、今日だって神社の中、二人で手をつないで歩いてたじゃない」

香子が絶句した。かえって淳のほうが早く我に返った。そして、珍しく香子が自分たちのスポークスマンとして役に立たないことを察知し、自分で話し出した。

「あの、僕らのこと、そんなに頻繁に見えるものなんですか」

淳としてはジャブのつもりだった。紀久子はそれににこやかに答えた。

「絶対ではないんだけどね、見たいと思うとときどき見えるのよ」

二人は、体は動かしていないが心の中で頭を抱えるしかなかった。紀久子がいわゆる正夢を見る人であるという事実に驚くことも、どういう見え方をしているのかを追求することも全て目の前から飛んでしまって、二人が二人っきりでいるところを見られていたということに動揺して恥ずかしくてならなかったのだ。

「えっと、おばあちゃん、何を見たの?」

「歩いてるところ」

「何でそれだけで付き合ってると思っちゃうのよ、ただのクラスの人かもしれないじゃない」

「え、だって、友達に、彼女がいるやつはいいなって言われてたもの」

「は?」

「秋かしらね、水沢君の部活動の大会に香子行ったじゃない。そのときに水沢君、みんなに言われていたわ」

そんなことは香子だって知らなかった。淳も愕然と言う顔をしている。

「…えっと、それは、声も聞こえるということ?」

「そうよ。先々週?クリスマスイブに二人で花火見に港に行って、」

「おばあちゃん―――!!だめ!いっちゃだめ!!」

淳は、香子がこんなに大きな声で叫べるのかとピントのずれたことを考えていた。そして、少しだけ思考回路が復活した。