川島が、本が好きなのに市の図書館に行ったことがないというので、今日は図書館に行こうという話になった。三者面談で今日は短縮授業だし、教師が誰も着いていられないので部活も自主練で終わり、川島も図書館の当番でもない。

市内には市の図書館とその分館、それに私設図書館が俺が知っているだけでだが二つある。俺が子供のころ行ってた寺についている図書館は中学とは逆方向で別の中学の学区にある。市の図書館もそうだ。大体の並びで言うと、川島の家、京町中、俺の家、市営図書館って感じだ。駅は川島の家と学校の間を90度折れる感じで進んだところにあるから川島の行動半径と図書館はまったく離れている。

特別な本があるわけじゃないけれど、やっぱり大人の本なんかは学校よりはたくさんある。話をしていると川島はずいぶん大人っぽい本を読んでいるようだから、きっと学校の図書館だけじゃ物足りないだろう。

途中で俺の家に寄っていってもいいかなと思ったがまっすぐルート上にあるわけじゃないからやめておく。どの道を通るかも決めた。川沿いの道とかきれいでいいだろう。最近遊歩道が整備されたから歩きやすいし。

もう5月でずいぶん暑いが中間服だからまあちょっと距離歩いてもいいだろう。川島はいつも俺に比べれば荷物少ないから大丈夫だろう。いや、俺が家に荷物置いてきてチャリで荷物運んでやるべきか?あがれって言わなければ不自然じゃないんじゃないか。

もう昨日誘ったときから考えつくしたと思ったのにまた迷いだしたぞ。

みるということ 四


これは二人が一緒にいはじめた季節の話。

今日は、水沢君と一緒に帰る約束をした。なんだか落ち着かない。授業は普通に聞こえているが、頭の中のどこかがいつもと違う感じになっている。

私は、その時々で自分の脳の中のどこが働いているんだろうということを考えることが多い。根拠なんてないけれど、自分の頭のどの辺りが働いているかを感じる気がするのだ。それを意識して覚えておいて、あとで困ったときとかあせったときに、自分の頭をコントロールするのに使う。試験のときにどのあたりで覚えたことだと思い出すとか、お姉ちゃんと言い合いになったときに自分を落ち着かせたりするとかに(そうしないと姉には太刀打ちできないし)。

今日は、普段授業中に使っているところはちゃんと授業に向いているのに、それとは関係のないところが落ち着かない感じ。落ち着かない。ああ、水沢君と帰ることと、この落ち着かない感じを関連付け考えるのはだめなのに。それはなんだか恥ずかしいし、考えすぎだという気がする。ただ水沢君が私が市の図書館に行ったことがないから連れて行ってくれるというだけなのに。

顔が変わらないように、顔に力を入れてみた。


淳はその日の部活ではいまいちのりが悪かった。いつもどおり3000mを3本する。筋トレはいつものに加えて、特に今、腕の振りの強化が課題だから懸垂をしたが、なんだかすべる感じで5回くらいで何度も落ちてしまう。走っていても同じ種目の3年の小山にぼーっとしていると見抜かれる。

疲れた、と思いながら整理体操をし、着替えて教室に戻ると、6時5分前だった。あたりはまだ明るい。

川島香子はもう教室にいた。

「おう」

声をかけると香子が振り向いた。

「おう」

香子が返す。

「あのさ、ごめん、名前なんだったっけ」

淳は思わずうつむいた。俺印象薄いかあ?

「水沢淳」

「あ、そうか、ごめん。顔はわかったんだけどねえ」

そうか、そういえばこっちは顔を忘れていたんだから、お互い様か。

「で、なにした?」

「うわ、飛躍」

「そうだろ」

「うん、まあねえ。いや、去年も私、G組だったの」

「うん」

「それで、ちょっと教室を通り抜けする人があまりに多かったから、慣れるまでの間だけ、ちょっと壁があるよということをね、印をつけたの。いろいろ試行錯誤してねえ」

「それをここにもやったんだ」

「そう。うーん、あの隣の昔あった建物?あそこから人が来て、G組の教室の中を通り抜けて、廊下に出たとたん、消えるんだよねえ。やっぱり動線って強いねえ」

そういうと、香子は黒板を持ち上げた。

淳がその下を覗き込むと、黒板の下にチョークで格子模様が書いてあるのが見えた。

「なにこれ」

「えっと、壁」

「それはわかる」

「私が考えた壁のマーク。ほら、アニメとかでさ、九字を切るっていうのを見て思いついたんだけどね。で、お塩もまいてあるの」

淳がロッカーと壁の隙間をみると、確かに何か白いものが落ちている。

「こうすると、壁の存在感がぐっとましてねえ、ここに壁があるってわかってくれるのよ。1階のときはこれを壁と非常ドアとにしてたんだ」

ふうん、と淳はつぶやいた。

「しかし、私、ああいうののこと人と話すのはじめてだな」

「いや、俺は何度かあるけど・・・でもそうか、見えるやつははじめてだ」

「あ、ほんとに?」

「うん」

そのとき、下校の音楽が鳴り出した。

「ああ、時間」

「そうだな、でもほら、俺ら同じクラスになったんじゃん。話したかったらまだ時間あるよ」

「あ、そうだね」

そういって、香子は笑った。淳もそれを見て、同じように笑った。