無事にテスト週間も終わり、淳はいつもの陸上部の日々に戻った。香子は月曜と木曜は塾に行き、水曜は図書委員でカウンターに座っていた。特に約束はしていなかったが、二人は水曜は教室で待っていて一緒に帰るようになった。周囲はなし崩し的に公認認定したようだ。しかし、日常生活では他に変わったところがなかったのでつきあいだしたのかよくわからないようでもあった。

二人もお互いに付き合っているという自信がなかった。

そうしている間に夏休み前の短縮授業の時期に入った。この間は図書委員の仕事のほうがずっと早い時間に終わるので、一緒に帰ることはなかった。淳も陸上の大会があるのでそちらにかかりきりになっていた。

その次に二人であったのは、夏休みに入ってからだった。その日は淳の大会の日で、香子は夕方に塾がある日だった。

「はい、川島です」

「もしもし、水沢と申しますが、香子さんはお見えでしょうか」

香子が電話をとると、淳だった。さすが運動部、相変わらずすばらしい敬語だ。

「水沢君、なに、私じゃなかったらどうする気だったの?」

「セールスの振りした。冗談、この時間一人だろ、川島がとるってわかってたから。あのさ、試合終わって駅前にいて、今から帰るんだけれど、今日塾だよね。今駅前出てこれない?」

「あ、いくよ、早めにいけるから」

「うん、じゃあ駅ビルのイートインコーナーにいるよ」

香子が大急ぎで駅に着くと、ジャージ姿の水沢がいた。

「やあ、元気かね」

香子が声を掛けると、淳が振り向いた。

「元気だよ」

手にはポカリスエットの1リットルのペットボトルを持っている。

「コーラ買ってくる。ちょっと待って」

香子が自販機でコーラを買って帰ると、水沢が待ちかねたように賞状を広げた。

「じゃーん」

見ると、800メートルの3位の賞状だった。

「うわ!すごいじゃん!」

「ふっふっふー、ちなみに上二人は3年でしかも大会新。勝てねえっての。でも自己新。ほめてほめて」

「ほめるほめる!いいなー、すごいなー」

「県大会初出場だぜ」

「おおー!」

二人だけで話をするのは2週間くらいのブランクがあったがそんな感じはなかった。いいニュースがあったからお互い口も軽く、話が弾んだ。

「実はね、中学に入って大分力落ちてたんだよね」

香子が淳に説明する。場所は淳の自宅のダイニングテーブルだった。淳の家は共働き家庭で、平日の昼間はだれもいない。だから、7月の期末テスト期間に入ると香子が淳の家に来て二人で勉強をするようになった。といって香子が淳に教えるというためではない。教えあいなどしていると香子の勉強の邪魔になるからだ。そのあたりは香子もしっかりしている。今は休憩時間だから横道にそれた話をしているが、お互いにお互いを監視すると決めているおかげで緊張感が出ているので、友達とやるときのだれた勉強とは違う感じがする。

「最近またちょっと見えるようになって来たかな。こう、意識しないと見えない程度になっていたのに、そんなことしなくてもなんとなく視界の端をかすめるっていうの?そういう感じに見えることが多い」

今日のはちょっと不意打ちだったけどね、と香子がうろたえたとこを悔しがるように続ける。

「ふうん・・・。俺の場合、向こうがやる気があって出てくることが多いからな、わかんねえ」

「あー、そういう時気づかないふりしているよねえ」

お互いの力について話をしているのは久しぶりのことで、夏に入ってみることが多くなったからだ。テレビなんかに出ている霊能力者とかいう人対に比べたら、俺ら全然一般人だよな、という事なかれ主義な結論に達してから、1ヶ月ほどはそんな話題が出たこともなかった。ほかの事を話したかったからだ。

「まあそのうちまた秋になれば落ち着くでしょうよ」

あ、時間、と香子がつぶやいた。

淳は紅茶の入っていた急須を自分のマグカップの上に傾けてもう中身のないことを確認すると、まだ中身の入っている二人のマグカップは机の上にそのままにして、急須とクッキーの入っていた皿を流し台に持っていって水につけた。特に何もいわないで自然にこういう手が出るあたりがいかにも母親が働いている家の子どもらしく手馴れている。香子などはかなわないところだと思う。

「ありがとうねえ・・・」

「いえいえお客様」

さて勉強勉強、と淳がつぶやく。それくらいの勢いをつけないと頭が切り替わらない。今は3時。淳の妹の万理が小学校の部活から帰ってくるのが6時。そのまえには香子も家に帰るつもりだからあと2時間ほどはある。

香子は、水沢君、普段勉強しないんだとか言うけれど、ちゃんとこういうところはまじめだからなあ、と思った。私が気まずい思いをしないように、妹さんが帰ってくる前に帰りたかったら帰れるように気を回してくれる。いいなあ、こういうところ。そこまでぼんやりと淳のことを考えて、淳が問題を解き始めたのを見て、はっと気づいて勉強に取り掛かった。いかんいかん、勉強勉強。

みるということ 5


そして互いが特別だと区切ったころの話。

「わお」

香子が小さくでも鋭く、素っ頓狂な声を上げる。

信号を見ていた淳が始まれたように振り向くと、香子がかばんを顔の高さに上げている。

「え、なに?」

「あ、いや、ここ、昔線路だった?」

「あ、うん」

少なくとも祖父母の代からこの町が地元の淳はここが廃線跡を道路化した道だと知っていた。京町中学校から駅とは逆に進み淳の家の方向へ二人で歩いていた昼下がりのことだ。おまけに何度も香子もこの道を通っている。だから、香子がいまさらそのことがはじめて見えたということに淳はそのときはいったん頭が回らず間抜けな受け答えをした。香子は驚きが抜けない顔で言った。

「今、SL走ってきたわ」