目覚まし時計がまだなっていないのに目が覚めた。あたりはまだ暗い。5時ちょうどだった。昨日のことが気になっていたようだ。何の夢を見ていたかは、すぐに思い出せなくなった。でも、おかしいなと思った。俺の力は、昔いた人間をみるというだけのものだったはずだ。建物の陰に隠れている部分は見えないし、見せる気がある人間だけしか見えなかった。それに、今の時間の中にいる人間しか見えなかったはずだ。なのに、今見えたのは、過去にいた人間で、しかもその人間同士の関係が見えた。明らかに、今走って行ったのは今にいるもう死んでいる人間で、寝ていた人間はその人間と関係のある死体だ。じっと見つめていた・・・。

そこまで思い出して、気づいた。俺はあれを見た後、コンクリートをはがすことを考えていたのだ。なぜか?・・・やはり、あの死体は、体育館の基礎に埋まっていて、それを感じたということか。

俺は、まだ小学生の頃、死体が埋まっているところを見たことがある。そして、その死体の祖母である人間に、そこにいると伝えるよう頼まれたことがある。今回は、本人の意図しないところで関係が見えたということだろうか。

俺はベッドに寝転んでいた体を腹筋で引き起こした。

考えるのは苦手だ。動こう。

俺は朝練用のジャージに着替えて制服をかばんに入れると、母に書置きをして家を出た。

街は暗くて人通りがなく、俺は途中コンビニで朝食にカロリーメイトを買って牛乳で流し込み、学校まで走った。

学校についてもまだ暗く、街灯がついていた。俺はかばんを先に中へ放り込んでから校門を乗り越えて校内に入った。中庭に入ってから足を緩めて旧体育館跡に行った。

すると、そこに誰かいた。男性、おじさんだ。あれ?見覚えがある。

「おはようございます」

びくっとしたように、彼が振り向いた。

「おはようございます・・・きみは早いね。まだ門が開いていないのではないかい?」

「僕は陸上部の朝練です。早く目が覚めてしまいましたのでそのまま来ました」

半分は本当だ。

「そうか」

「先生は?」

俺は、何の教師かは知らないけれど先生だろうと見当をつけて言った。

「ああ、・・・友人の命日でね、線香を上げに」

そういわれてみると、コンクリートの上に線香と花束が置いてある。

「ここでですか?」

「ああ。中学3年のときだよ」

来年の俺の年だ。なんといっていいかわからず、俺はクラスや部活のぼんやりと仲のいい友達たちのことを思い出した。加藤や三宅や西川や・・・誰かが死ぬなんて想像も付かない。

俺は勢い込んできたのに水をかけられて、「では」などといいながら部室のほうへ向かった。部室のナンバー錠をあけて中に入る。9月の明け方の中途半端な寒さに、俺は着替えるのが億劫になった。ふと窓から外を見ると、夜が大体明けきったようだった。先ほどまで見えていた線香のかすかな明かりも太陽の前にわからなくなっていた。その先生はもういない。そのかわり、夏服の少年が一人、職員室のほうを見て立っていた。

ああ、彼か。

「どうしたの?何か見えた?」

香子が聞いてくる。

「えーっとね、教室に駆け込んでくる男、いただろ。あれが見えた」

「え?」

「旧体育館のところから走り出して、こう」

俺はルートを指差す。

「香子が言っていた旧校舎、あそこに駆け込んでいって2階の渡り廊下わたっていく。で、2Gに入る前に消えた。たぶん、香子がやったあれが効いているから駆け込むことはできないからそこまで再現ってことだと思う」

「ふうん、引き返すパターンじゃないんだ」

「で、あと、体育館の床かな?寝転んで動かない男がいる」

「え?」

「…多分、意識ないな。ピクリともしないもん、俺が見ている映像の段階で」

香子が息を呑む気配がした。

俺は、香子を振り返ってみた。ああ、今は、香子がいるからあそこに行くわけにはいかない。コンクリートは、どうやったらはがれるのだろう。

「淳」

「なに?」

「力・・・変わってる?」

それは確認だった。でも俺は気がついてなかった。そういわれてはじめて気づいて、気づいた瞬間、目の前が一瞬ぶれる感じがして、もう一度焦点が合う。世界がくっきりとして見えた。でもそれが、普段見えている現実の世界だ。

何だ?今のは、何?明らかに見え方が違う。今、確かにこちらの世界にいる、でも、今戻ってくる前、何かがちがった。薄く、一枚透明の隔てがあった。

そうだ、死んだ人間を、死んだ姿で見たのは、初めてだ。

「・・・そうかも」

俺は、自分の体を確認するように、香子の手を握り締めた。香子も、多分香子の握力で精一杯の力をこめて、握り返してきた。

もう残っている人間も少ない中庭をつっきり、外に出る。

そこでふと、香子が足を止めた。

「あれ」

香子は体育館の跡を見ていた。

体育館は、俺たちがこの学校に入った頃に使っていたものが老朽化していたので、新しい体育館が建てられて今年の春に完成していた。体育館の1階部分は部室や更衣室、武道場、2階部分は全面がコートになっていて、正面に舞台ができて講堂兼用になっている。屋上は25mプールが8レーンに更衣室やシャワーがついている。この新体育館も、街中にある中学校の体育館としては標準なのだろう。今までの旧体育館があまりに古く、実習棟の火事以降は渡り廊下もないから雨の日には傘を差して移動することになるし、中も床板がずれて下の基礎が見えるところで体育をやっていたのだから、生徒には大歓迎されていた。

それまでプールと教職員用の駐車場になっていたところを新体育館の用地にした。そのため、旧体育館の場所は取り壊して駐車場にしなくてはならず、新体育館の完成に引き続いて夏休みのうちに旧体育館は取り壊されて、あとは土台のでこぼこしたコンクリートをはがすばかりになっていた。旧体育館はちょうど俺たちが使っている教室棟と同じならびにあって、香子に見えるあのふるい校舎と隣り合う位置にあった。

「ん?旧体育館の跡?」

「うん。あそこ、前にはほかの校舎があったのね」

「え?」

「旧体育館の建物が見えるんだけれど、舞台になっていた部分にかぶるようにもうひとつ木造の校舎が見える。うーん、そういえば講堂の裏に用具室みたいなのあったね、あれは前にあった建物の一部みたい」

へえ、と思った。そして、俺も目を凝らしてみる。建物はあまりよく見えないが、意識すると薄く人影が見えるときがあるからだ。たぶん、普段意識しなくても見えるような気合のこもった人以外も俺が見ようと思えば見える、ということだと思う。

あれ、とおもった。ちょっと地面から浮き上がったところに横たわる人影がある。そして、その人影の横あたりにもう一人立って、足元を見ている。両方とも男子生徒で、夏服を着ている。

なんか、やばい雰囲気だ。俺が普段見るのはたいてい普通に動いている。なのに、こんなに身じろぎもしないような感じでいるというのは異様な気がする。

と思っていたら、不意に立っていたほうの男が顔を上げた。童顔で丸刈り、たぶん俺らと同じくらいの年。恐ろしく暗い表情だった。あ、と思うと、身を翻し、走り出した。そのまま走り出して突然姿が消える。少しはなれたところに現れ、また消える。すると、今度はもう少し高いところを走って行く姿が上半身だけ見え、教室棟の2階の前で消えた。

2階。俺らの教室だ。