占星術、これまでは盤面を面で捉えての発信が主だったんだなぁとおもえだし。

しかしそれは、受け手側も面でしか捉えられないでいたわけでもあって。


実際は立体・珠のものを面で現したものが盤面なわけで。


なので、それを面で捉えた盤面の場合は表裏が発生するということなんすよね。そんでもって表裏の間の関係性(愛・美・調和)も片側しか捉えられないということ。面で捉えるとはそういうことなんだ、という自覚があると占星術の立体化が可能になるんだろなーと。


で、「サビアン」ならそれができるんだ、とおもえました。100年前に現れたチャネリング情報なので当時の時代のノリががっちり出ちゃってますが情報の表面ではなく情報そのものに潜ってく癖がついてるヒトならサビアンはいまでも問題なく使える。


古の叡智ってのは総じてそんなんだよね。叡智を面で捉えると薄っぺらい。あれらは立体化してる情報なので立体として受け取れないと本質が受け取れなくて。


3次元領域から抽象度を下げ極性を与えたのが2次元領域。そうすることでみえにくくなっしまったのが奥行き。


幾何学を面で捉えたらそれは表裏の片面しか認識できてないってことで。その幾何学の奥行き部分である愛や美や調和を感じたとしても、それはそれそのものの半面の表面でしかなくて。愛や美や調和は「奥行きそのもの」なので、面で捉えなら必ず両面を認知し奥行きを立体化して捉えないと歪むのよね。


盤面を立体的に捉える。

双方向のベクトルを認容許容し実感し体感することで奥行きを見いだせる。


この一年間凝視してきたマヤの叡智。

それは13のリズムを使って点・直線・面・立体という次元感覚を思いだし使いこなす。


次元感覚、これはマヤの叡智だけでなくあらゆる古の叡智で伝えてきてるのでどこから登ろうと誰でも本質には辿りつけるんだろうけども。


自分自神が立体化することで地球を宇宙を立体情報としてうけとれる。自分自神が面であったら面情報としてしか受け取れない。よく考えたら至極当たり前のこと。記憶喪失はこんな当たり前のことも普通に無視できるんだなーと。


サビアンは響かせるもの。

響かせることで湧きあがるものが情報。

その情報を立体的に捉えられるかは自神が立体化してるかどうか。


面で捉える自分と立体で捉える自神と。

どちらもわたしなんだと認め許すことで自分自神が立体化できる。

この世では自分だけでも自神だけでも「面」としてしか働けない。


この世とあの世をまたぐ存在であることを認めて許すことで自分と自神が融合できる。境目が融ける。

自分(表面)と自神(裏面)が立体化することで「奥行き」が現れる。そしてそこが本質であり本体でもあるのよね。


わたしの奥行きにはずっとずっとずっとこのわたしがそこにたどり着くのを待っていた存在がいた。わたしがそのことを思いだすのをずっとずっとずっと待ち続けてた存在。


女王のわたし。

Neoヤオヨロズノカミノクニの女王のわたし。


自分と自神を認め許したことで現れた奥行き。その奥には立体化した女王がいた。そしてその奥には立体化した地球と立体化した宇宙がある。立体化した闇と立体化した光がある。


立体化した地国。

立体化した天国。

立体化した物質。

立体化した幽質(エネルギー体)。


そこはNeoヤオヨロズノカミノクニ。

遠い昔に在ったそれとは異なるもの。

わたしの到着を待っていた女王と共に生活する場。封印されていた地国(地獄)が解放され立体化してる世。あの世とこの世の分断が解消された世。


何もかもが立体として存在していることが当たり前の世。


面(表面・裏面)の時代から立体(表面・裏面・奥行き)の時代。

やっとそのことが実感から体感になった。腑に落ちた。


愛や美や調和が薄っぺらくしか受け取れなかったのは半面で存在してたから。

無償の愛の意味が実感できないでいたのは地国を封印していたから。


なーんだっ!

毎度毎度、わかってしまえば至極当たり前のことばかりなのよねー('A`)

記憶喪失ってやつはもー。