早速ではありますが、今回のテーマの目次は以下になります。


1◆ 自分の本音を知る
2◆『不幸になるための教育』を覆す(くつがえす)ポジティブ・ブラックボックス化
3◆ 信念とは何か
4◆ 苦しみを生む信念を覆す(くつがえす)
5◆ 強迫観念や執着
6◆「わかってもらおう」としない
7◆ ブレない自分へ


 目次の数は多いですが、それぞれの文章はそれほど長くないのではないかと思っています。それでは、気を(らく)になさってお読み頂けたらと思います。




1◆ 自分の本音を知る


 子どもがいる、いないということについては繊細な心情を含む場合があり、お一人お一人のお話をじっくりうかがってみないと、そのかたの何が苦しみの根本原因なのかをお伝えすることはできない部分があります。


 中には「本当は子どもは欲しくない」という本音もあれば、「子どもなんかもうけるべきではなかった」という本音もあり、多岐に渡っているデリケートな話題であると言えるでしょう。


 このテーマは色々な切り口があるのですが、今回は、「どなたであったとしても、自分の内側に向き合い、自分の本音をつかみましょう」ということからお話し始めたいと思います。



 (現在自分の本音があまりにもネガティブであるという場合については以前のブログのどこかでお話したのですが、折りを見てまたお話します。)



  たとえば「子どもがいないために職場や親世代からの風当たりが強い」という場合もあるでしょう。もちろん全員ではありませんが、中には()()らしや八つ当たりといったように自分の個人的な事情をぶつけてくる人もありますので、そういった場合は心の中で「自分はそういったものは受け取らない」と思って毅然(きぜん)としていれば良いでしょう。


 イーロン・マスク氏が少子化による日本消滅を危惧(きぐ)しておられることは聞いたことがあるかもしれませんが、日本国民であるわたし達には、金銭的だったり身体的だったりするだけではない出産や子育ての大変さ、「子ども」といった話題に関する同調圧力の強さといったような、出産率の低下に直接つながるストレスも多々あり、様々な事情でもって強く当たってくる職場の人や親世代の「本音」といったものも色々とあるものです。


 「本音」が多岐にわたった繊細な悩みではありますが、「苦しみを感じている」ということは、何かが自分の中で「自分らしい本来の自分」とズレているから苦しいのだということはお伝えできるのです。


 中には「本当の自分らしい自分」からズレているのに、苦しみを感じないと言う人もいます。これは何らかの“仮初めの快”を感じているか、感性を抑え込み過ぎているかといった原因が考えられますが、多くの場合、苦しみを感じるかどうかは「魂という真実の自分とのズレ」の指標になるのです。


 世の中には今回の題のような「子どもがいなければ「幸福」ではない」といったような考えを持っている人々がおられますが、こういった考え方を自分に向けた時に嬉しくなるという人の場合は「自分には子どもがいてくれて良かった。なんと幸せなことだろう。生まれてくれて、ありがとう」と喜びを実感しているのかもしれません。「あの人は子どもがいないから」と意識を他者に向けて、例えば差別意識や優越感、攻撃したい気持ちといったものを感じる“仮そめの快”ではなく、また、意識が自分の内側に向いているのであれば、その幸福感は真実の愛からきたものである可能性は高いでしょう。


 一方、「子どもがいなければ幸福ではない」といった考え方を自分に向けた時に、苦しくなったり、悲しくなったり、または他者に対して攻撃的になったり傲慢(ごうまん)な気持ちになったりするという場合、それは「自分で自分を精神的にブン殴る考え方をしている」と言わざるを得ません。


 ある考え方を自分に向けた時に気持ちが重くなったり、悲しくなったり、腹が立ったりするのであれば、それは外部からやって来た思考であり、本来の自分らしくない価値観だということです。


 そういった「外部からやって来た、自分の感情をネガティブにさせる価値観」といったものを、以前からお伝えしていますように、わたしは『不幸になるための教育』と呼んでいます。


2◆『不幸になるための教育』を(くつがえ)すポジティブ・ブラックボックス化 


 こういった外部からやってきて「信念」にまで落とし込まれたネガティブな考え方や価値観も、根気や回数は少々必要なのですが、上書きしたり、衰退させることは可能なのです。どのような脳神経細胞のネットワークを作るかに過ぎないのですから。(←第一段階)


 あとは「感情」のホルモンを流すだけです。(これは第二段階)


 第一段階、第二段階と書きましたが、これもいつもお伝えしている「自分」というブラックボックスの中身を自分でつくりかえて、反応しない、あるいはポジティブに反応する人間になるという『ポジティブ・ブラックボックス』化の方法なのです。簡単でしょ?毎回お読みくださっているかたにとってはおなじみかもしれませんね(^_^)


 第一、第二段階ともに、「今、自分はどのように生きていきたいか」という自分の選択にかかっています。何を選択してもわたし達は自由なのです。


3◆ 信念とは何か


 いつもお伝えしているように、
信念とは「繰り返し自分に言い聞かせている言葉」に過ぎません。


 わたし達は自分に言い聞かせる言葉を、自分で自由に選択できるのです。


 とは言え自分にはピンと来ないとか、今の自分とはあまりにかけ離れていると感じる言葉や概念、考え方、価値観ではなく、現在の自分の気持ちを少しだけ浮上させてくれるものを選ぶとよい場合もあります。これは多次元存在のエイブラハムも言う、思考の橋渡しによる「感情のスケール」を登っていくということです。

 
 またちょっと遠い所でもドン!と新しい価値観を投入してしまい、そこを新しい結論の拠点としてフォーカスし続けて増やし(『注目したものが増えるの法則』)、「自分らしさ」を織り上げていくという方法もあります。


 ほかにも色々な方法はあるのですが、いずれにせよ、本来の自分らしい状態から遠ざけるような選択を行わず、自分がなりたい状態にさせてくれるような価値観で生きることを選択することです。人によっては「決意」といった強めのエネルギーが必要な場合もありますが、手段や過程の違いはあれど、目的は各人共通です。それは「自分らしい幸福の実感」ということです。


 ですので、今回の題のように、「子どもがいなければ幸福とは言えない」とか、「子どもがいない人は一人前ではない」といった価値観が自分を苦しめているという自覚があるのであれば、自分に対して優しい言葉を、()(かえ)し繰り返し、自分に言い聞かせてあげると良いでしょう。


4◆ 苦しみを生む信念を(くつがえ)


 苦しさは感じるものの、しかし、長い間どっぷりと「子どもがいなければ・・・」という価値観に(つか)っていたために、一体どんな言葉を自分に対して投げかけてあげれば良いのかわからない、という場合もあると思います。そういった場合は、子どもがいなくても楽しく幸福に生きている人々のお話を聞いて意識に取り込む(ダウンロードする)と良いでしょう。


 大切なことですので何度でもお伝えしていますが、聞き方のコツは「否定しないで聞いてみる」ということです。他者の言う内容があまりにも残虐(ざんぎゃく)だったり等、明らかに不健康な場合でない限り(こういった人を癒すために専門家やヒーラーさん達がいるのです)、
そのかたがが言っていることが「自分は子どもがいないけど幸せにやっています♪」という幸福に関する健康的な内容なのであれば、「まずは自分の知見の幅を広げる」といった目的でもいいので、「そうなのか~・・・」と聞いてみましょう。


 自分との違いにばかり目を向けないことです。違うから話を聞いて知ろうとしているのです。他者を否定することは自己の可能性の広がりを否定することになります。


 そして子どもがいないことによる周囲からの風当りのつらさといった現実について、どのように考えておられるのか、具体的にはどのように受け流したりしておられるのかといった具体的なことを質問してみましょう。


 こういった話はできれば複数のかたから聞くことができると(なお)いいでしょう。そして自分に取り入れることができそうな考え方や感覚を取り込んでいきましょう。


 「アナタもワタシも、子どもがいないと幸せになれない」「一人前ではない」「子どもがいない人に人生の大変さなど語る資格はない」という考え方は、自分にも他者にも“呪い”をかけているようなものです。以前もどこかでお伝えしたかもしれませんが、“呪い”の正体は単なる「強い思い込み」です。


 呪いをかける(・・・)側というのは「外部コントロール」の意識である場合があり、また呪いを受ける(・・・)側というのはネガティブなエネルギーの「受け取りモード」になっているということです。信念が、潜在意識や無意識といった層に落とし込まれたとしても、恐れることはありません。例えばひとつに前述の『ポジティブ・ブラックボックス化』といったような方法でラクになっていくことができるからです。人間の苦しみというものはどこまでも深いものに感じることもあるかもしれませんが、心理の仕組みはシンプルであることがおわかり頂けるかと思います。


5◆ 強迫観念や執着


 「子どもがいなくては・・・」という思いが自他を追い詰めるような強迫観念や執着である場合は、自分の「幸せ」に対する強い「制限」のうちの一つとなっています。


 「それ(・・)がなければ幸せになってはいけない」という条件を設けて制限をかけることで、現実がうまく回りだすことも確かにあります。「足枷(あしかせ)が自分を人間たらしめてくれた」ということもあるのです。しかしそうではなく、苦しみが増す実感があるのであれば、その制限はなくしたほうが良いでしょう。


 もしも子どもが生まれたとしても、強迫観念や執着といった制限や条件が思考回路にあるままですので、自分、パートナー、子どもから自由や自分らしい伸びやかさを遠ざけるようなものとはいつか向き合うことになるでしょう。


6◆ わかってもらおうとしない


 それでは考えの違う他者に対してどのような心の姿勢で臨むことが適切でしょうか。これも状況によるのですが、基本的には「わかってもらおう」という意識を持ちすぎないことをお勧めしたいと思っています。


 もちろん人権や、労働者としての権利といったものは守らなければなりませんので、主張することが大切で必要な時もあると思います。しかし自分の心の中や存在意義を相手に明け渡してはいけません。それぞれの人にとって最も大事なことのうちの一つは「自分の幸福」です。幸福であることは自分で維持・管理しなければならず、他者の影響から守らなければなりません。

 外部環境や条件に依らずに自分で自分のことをしっかりとつかんでいくにつれ、他者にわかってもらおうとしなくとも問題はなくなり、また「価値観の異なる他者とどのように接したらよいのか」も自然と自分らしい対応がわかってくる段階が来るのです。


7◆ ブレない自分へ


 世の中には子どもがいなくても幸福に暮らしている人も勿論おられます。こういった人たちに対して、
「そんな人の気持ちなんかわからないし、あきらめるようで、知りたくもない。社会の大勢(たいせい)ではない生き方をしている人って、自分とは違って強い人なのではないかな」という反応を示すかたも多いのですが、どのような生き方をしても自由なのだということを実践しているお手本のような生き方をしている人たちとも言えるのです。


 世界には本当に、色々な人がおられます。自分好みの「幸福のお手本」をたくさん探して、いい所取りをし、「自分ってこんな人♪」という機嫌(きげん)のいい人になって頂けたらと思います。
 

 もしかしたら、そんな楽しげなあなたの所にベビーがやってくるかもしれませんし、また、そんな楽しげなあなたの後ろ姿を見て、「アラすてき」と密かに注目している人たちも現れるかもしれません。しかしそういった「自分の幸福を実感して生きている」という状態になったなら、ベビーがやってきたとしても、またやって来なかったとしても、あるいは他者にほめられた時にも、
「ありがとう♪」と嬉しく感じるものの、そもそも他者からの誹謗(ひぼう)、そして賞賛といった外部の評価には振り回されなくなるのです。ブレなくなるのです。


 一体どうしてブレなくなるのかというと、自分らしさと一致させる信念が、自分らしさからズレさせる信念を上回るからであり、同時に「自分らしさの状態の感覚をつかむから」です。この二つの比率は人により異なるのですが、指標の一つが自分はこれでいいのだという「納得」や、幸福の実感です。これらから(はず)れたくなくなるのです。


 自分の幸せに条件や制限を設けずに、どこまでもあなたらしく、どこまでも幸せになって頂きたいと思います。


 ではまた・・・。