ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています。
これはハワイに昔から伝わる素晴らしい知恵で、
自他との調和をもたらすための方法の一つです。今の自分の状態を知る上でも役立ちますので今回お話をします。
オ・ポノポノに関しても色々な方法や解釈、ご意見を色々な人が言っておられますので、
「あれってどうなの」「あれは違う」といった見かたではなく、ご自分に合うものを選ばれたら良いと思います。
上記の言葉の順番も人により異なっていたり、またどれか一つだけでも良いというお話もあり、あまりこだわらなくてもいいようです。目的は「正確なことを知るため」ではなく、いま苦しんでいる自分の心が癒されるかどうかに注目、という感じで臨まれたらいいのではないかと思います。
さて上記の4つを、まずは何も考えずに言ってみればいいのですが、さらさらと何の抵抗もなく言えるという人と、つっかかってしまって言えないとか、言いたくないとか、先日のブログ『ネガティブな信念の統合のしかた』(→こちら)でお伝えしたように「なんで自分が謝らなくちゃいけないのだ」と思うような人もおられます。
さらさらと何の抵抗もなく言える人というのは、今生での人生経験で重症というほどのトラウマ体験がないような人であったり、
また、何か艱難辛苦があったとしても、その経験を自ら玉に転換した人であるといった場合があります。
つっかかってしまって言いにくいとか、一応サッと言えるけれど泣きたい気持ちがこみあげてくるとか、先述のように「言いたくない」というように、人により色々なことが起こります。これはもちろんその人がいいとか、悪いとかいったことではないのです。誰も悪くありません。そのように思うようになったその人なりの理由や歴史があるのです。
こういった理由や歴史は自分にしかわからないものです。だから自分で知り、理解して認め、自分で自分を応援するしかないのです。
もしもこの四つの言葉を言うことに対して抵抗を感じるという場合、必ず何か理由があるのです。そこが自分を知るチャンスなのです。
そもそも「こんなこと言って一体何になるんだよ」とか「弱い自分を見たくない」、「これまでの人生を振り返るなんて無理。過去なんか振り返りたくない。」という気持ちがあるのかもしれません。
「一体なんでかな。どうしてつっかかってしまうのだろう?」
このように、自分はなぜかオ・ポノポノの四つの言葉を言うことに抵抗を感じているらしい、と知っただけで、その分自分に寄り添ったことになります。ですので「なんで?なんで?どうしてなの?」と焦らなくても大丈夫です。前に進んでいるのです。
そしていくら考えてもわかりそうにないな、と思ったら、
「そうなのか、自分は言いにくいのか。何かあるんだな・・・。」と思って、しばらくほったらかしてみるつもりで、遊んだりゆっくりしたりして、穏やかに優しい気持ちで忘れて過ごしてみます。するとその時はわからなかったことや思い出せなかったことが突然に「あっ!」と閃いて、どわーっと涙が出たり、そこまででなくても、
「そうか、それでか・・・」と思ったりといったことが起きる可能性が高くなるのです。
こういったことも「自分の愛しかた」のうちの例の一つです。
「自分を愛する」という言い方が日本人には印象的過ぎるのか、「自分を愛するって何?!」と言葉に対してとまどいを感じてしまう場合があるようです。実はわたしもそうでした。初めて聞いた時、驚きました(^ ^;)しかしわかってしまえばどうということはありません。表現が新しかっただけなのでした。
「自分を愛する」という言いかたがどうしてもピンと来なければ、「大切にする」というように別の言い方でも大丈夫なのです。
また「自分を愛する」という言いかたがしっくり来ているというかたもいらっしゃると思うので、そういうかたは勿論それで大丈夫なのです。
今回の話で言いますと、自分を愛するとか大切にするといったことは、つらい時、しんどい時は、自分に無理をさせず、無茶を言わず、まるで親友があなたの話をじっくり聞いてくれるように自分に寄り添い、穏やかに楽しく過ごしてみる、ということだと具体的におわかり頂けるかと思います。
今回はオ・ポノポノを取り上げてお話をさせていただきましたが、どんなに素晴らしい方法や言葉でも、自分にとってご縁がある・ないというものがありますので、ご自分に合った波動のものを見つけて楽になって頂けたらと思います。
ではまた・・・。