わたしが中学生だったときのことです。
 

 出席番号がわたしの前だったかわいい系の美人と一緒に、何かのクラス委員をすることになり、ひと学期、毎日一緒に職員室にプリントを取りに行っていました。


 彼女はセーラー服の上は(たん)ラン気味(ぎみ)、スカートはやや長めのお洒落(しゃれ)女子で、わたしとは何の会話もなく、互いに黙々(もくもく)と先生のお手伝いをしていました。


 こうして一緒に行動し始めてすぐに、こんな出来事がありました。


 クラスでやんちゃ系の男子が廊下で彼女を見るなり、突然に、

「俺んち、オレンジ!」

と意味不明のダジャレのようなことを言ってきたのです。


 わたしは衝撃を受けたのですが、彼女は「バカじゃん、〇〇」(←ヤンチャ男子の苗字(みょうじ))と一瞥(いちべつ)を喰らわして、通り過ぎました。
 その後も美人の彼女のまわりにはおかしな反応をする男子どもが現れるのです。


 その様子を見て、わたしは「うわ~、しんどい。美人て大変だな」と思いました。



 やがて大人になって、今はお亡くなりになったある女流作家のかたのコラムのようなものを読んだ時はぞっとしたものです。


 自称・美人ではないとおっしゃるそのかたは、確かこのようなことを書いておられました。


「美人め。
今に見ているがいい。
やがて容貌(ようぼう)が衰えた時、我々が勝利するのだ。」


 ・・・怖いな。と思いました。(その時はね(^_^;A)


 そのかたの過去に何か相当ネガティブな思いがあるに違いないと・・・。



 このように、全員ではないとしても、意識している男子たちのザワザワや、同性たちからのあらぬ嫉妬を受け続ける美女たちですが、こういったことはグッド・ルッキング・ガイのみなさんも同じことです。

 
 女子はキャーキャーと歓声をあげて彼に群がり、
中には妙に意識して逆に「フン!」としてくる失礼な女子もいて、
何もしていないのに疲れてしまいます。


 彼の身になって気持ちを考えたことのある女子が、この群れの中に一体何人いるでしょうか?


 バレンタインには机や靴箱の中に「ください」と頼んだ訳でもないのに見知らぬ人たちからのチョコが入っていて、それを見た先生に「学校に食べ物を持ち込んではいけないんだけどな。片付けなさい」と注意を受け、

放課後は待ち伏せされ、

告白をお断りすると恨まれて、まったく身に覚えのない噂話(うわさばなし)をでっち上げられ、

否定すると何故だか敵対意識のようなおかしな先入観を持っている大人に「火のない所に煙は立たないって言うからねェ・・・」などと意地の悪いことを言われて悔しい思いをしたりして・・・と、ストレスは延々と続きます。


 一部の同性の先輩からは「ちょっと顔が良くて女にモテるからって調子に乗るなよ」と意味不明の(おど)しを受けて嫌な気持ちになったり、怖い思いをしたりする人もいるのです。


 自分はなんにもしていないのに、周囲の人間の生殖本能や闘争本能のスイッチが勝手に入るのです。こういったことが、社会人になっても続くのです。


 女性陣が浮足(うきあし)()つのはいつものことだ。自分は仕事を頑張ろう。

 と、ピンク色の見えないハートが自分に向かってたくさん飛んでくる中、それをスルーして業務に集中し熱心に取り組めば、

「なんだよアイツ!顔がいい上に仕事までできて。いいところ取りじゃないか。ズルい(やつ)!」と先輩や同僚に舌打ちされ、困っていても知らんぷりされるだけでなく、必要な連絡事項を回さない者まで現れたり。


 上司だって仕事内容の評価もそこそこに、
「きみ、そんなに顔がいいのだから営業やるか、もしくはモデルにでもなってはどうかな」と真顔で言ってくるので、「いえ、僕は地道にこの仕事がやりたいのです」と訴えても、実際には聞こえなくても確かに聞こえる気がするのは、こちらはなんとも思っていない女性たちが歓喜に身(もだ)えて上げる歓声と、男性陣の舌打ちの山びこ・・・。


 デスクに戻ると、なんとも思っていない上に、まったく好みではない女性の先輩や上司から、「今夜二人で食事でもどう?」なんてメールが来ていたり・・・。うぅ・・・。同性でも異性でも、上司からの誘いはお断りしにくいもの・・・。


 ちょっと色々と書いてみましたが、なんと面倒くさいことでしょう。考えただけでゲッソリです。気の毒すぎます。


 ここまでではない、という人であったとしても、

「でも男だから・・・。」

「自慢だと誤解されたらイヤだから・・・。」

と、ぐっと一人でこらえている人もおられるのです。


 男女ともにこういったことを楽しんだり乗り切ったりするのはかなり工夫が必要で、通常は大変そうです。



 さて嫉妬を「して」しまうという側に対しての処方箋(しょほうせん)的な言葉は世の中にたくさんありますので、ここでは「される側」の皆様に、励ましになったらいいなと思うような言葉をご紹介いたします。(以下はわたしの意訳になります。正確な言葉は忘れてしまったので、必要なかたは「こちら等」でご確認ください。)


 「嫉妬とは、本当は欲しいのに自分にはムリだと信じているものを思い出させた相手への恨み」 (Byバシャール)


 わたしはこれを聞いたときに「なるほど!」と膝を打ったのですが、世の美男美女の皆様はいかがでしょうか。「そんなの、嫉妬する側の問題じゃないの!」と思われたのではないでしょうか?


 そうなのです。嫉妬とは、100パーセント、嫉妬する側の問題なのです。

 

 

 (と言っても、「フフン」などとあおっているような場合は除きますよ。言うまでもないことでしょうけれども(^_^;) そういうことをした時に返ってくる反応は嫉妬ではなく「怒り」といった不快感です。)

 


 理解者や波長(ウマ)の合う人は必ずいますので、そういった落ち着いたコミュニティーを大事になさり、ご自分の容姿をMAXに楽しんで頂きたいと思います。嫉妬されているうちが花、という考え方もこの世にはあるのです。大変な美男美女というほどではなかったかもしれない創世(そうせい)の実業家たちも、会社が大きく成長するほど、同業者から嫉妬と羨望(せんぼう)を受け続けてきたのです。つまり他者よりも優れているものがある限り、生涯「嫉妬される」ということは付きまとうものなのです。


 ですので容姿も、容姿以外も、もっともっと突き抜けて、ご自分の長所を大切に伸ばし、嬉しき全方向に向かって可能性を開花させて、人生を楽しんで頂けたらと思います。ただしおおっぴらにやると周囲からの余計な嫉妬が増えることがありますので、「自分はそういったことに耐えられそうにない性格かも」と思う場合は、内緒で楽しむのがいいのではないかと思います。


 あとはネガティブな信念を強化しないことです。


 具体的には、例えば「自分は美しいから(ねた)まれる」といった言葉は、それは事実なのですが、そういった時に「妬まれる」「嫌われる」といった受動体の言葉は使わないで、ストレスを増幅させずに、中和し発散する方向の思考を持つことがおすすめです。

 受動的な言葉を用いることは、自分の中に「被害者意識」を生み出し、頭に来て反撃したくなったり、あるいは怖くなって(おび)えが強まり元気をなくしてしまったり、異性や同性といった人種全般を疑ってしまうという「自他との不調和」への方向に流れる可能性をはらむからです。そうなると同じようなネガティブな現実が繰り返し引き寄せられてしまうことになるでしょう。


 また、「自分は美しいからイヤな目にあう。嫌われる」と信じているような場合、「美しいから嫌われる」と思った出来事は、すべてがそうではないのかもしれません。

 例えば起きたネガティブな出来事に対して「あー。やっぱり自分は美しいから嫌われるのね」としか考えられなかったとしても、もしかしたら相手はあなたを嫌ってなどおらず、理由は別にあるのかもしれません。つまり「今回の出来事の原因は相手の嫉妬ではなかった」という可能性のことです。ネガティブな信念のせいで自己成長につながる本当の理由が見えなくなっているということもあるのです。

 ですので自分を疑ったりするのではなく、また相手を思考で無理に許そう、忘れようとするのでもなく、やるべきことは「信念の誠実な自己チェック」なのです。その上で総合的に判断されると良いでしょう。そういったことを繰り返し行っていくと、思考回路が最適化され、色々なことが自然と気にならなくなっていくのです。

 

 あなたは、とても美しい。

 
 ただそれだけで、周囲の一部は激しくスイッチが入ってしまい、自動的に嫉妬したり、崇拝したりしてきていることは事実でしょう。彼らの反応は基本的生体システムの反射の一つです。心中お察しいたします。あなたは何も悪くありません。でも、全員が必ずそのような反応をしているという訳でもないはずなのです。それに気が付く余地を自分に残してあげてください。めげることなく、腐ることなく、美しく()り続けてください。美しい人にはそれなりの使命と、先述のように真実に基づいて頭を使わなくては人生が苦しくなる理由があるのです。人とは少し異なった苦しみがある人とはそういうものなのです。


 そして容姿が美しいか、そうでないかに関わらず、楽しそうな雰囲気や、自分らしく生きることができている喜びは、どうしたってはみ出てしまうものです。それは人としてとても素敵なことです。


 美男美女の皆さまも含め、どなたにも自分らしく生きて頂きたいと思っています。皆さま全員に意識的に機嫌(きげん)よく生きていただき、自分らしい喜びに満ちた、素敵で満足な一生を送っていただきたいと心から願っています。


 ではまた・・・。