(今回の記事は両ブログ共通のものとなります。)

 昔、電車の中で見かけた、忘れられない光景があります。
 当時の私は背骨を痛めていて、両手でつり革につかまりながら、
「イテテテ……」
と思って立っていました。
 そのため、近くに座っていた高校生くらいの少女二人の会話は、ほとんど耳に入っていませんでした。
 
 ところが、黒髪のほうの少女が何度も、
「意味がわからない。どういうこと?」
と言っていることだけは、不思議と耳に残っていました。

 すると、質問されたほうの茶髪の少女は、怒ることも、バカにすることもなく、何度でも説明していたのでした。

 その様子を見て、私は「あっ」と思いました。
 この二人は、とても自然にコミュニケーションを取っている。
 あとになって振り返ると、あれは「無知の知」を、ごく自然に実践している姿だったのかもしれません。
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 私は現在、「BBモデル」という考え方をご提案しています。
 BBとは「ブラックボックス」の略で、一人ひとりの信念、経験、思考、身体の状態などから成り立つ、その人なりの「世界の見え方」を生み出している仕組みです。
 私は最近まで、
「ポジティブBB」
「ネガティブBB」
という言葉を使っていました。
 しかし、「ポジティブ」「ネガティブ」には、どうしても評価やジャッジの響きがあります。
 そこで現在は試験的に、
一致型BB
防御型BB

という呼び方を考えています。

 「一致」とは、「本来の自然なその人らしさ」と一致した状態のことです。

 「防御」とは、信念などのBB(ブラックボックス)の中にある「恐怖」などから呼び起こされる防御的反応のことを言います。

 あの少女たちのやり取りを思い返すと、二人とも「一致型BB」がよく表れていたように感じます。

 例えば、
「わからない」と言った少女には、
「わからないと言っても、自分の価値は下がらない。」
という感覚があったのかもしれません。
 一方で、
説明していた少女には、
「わからないと言われても、それは私自身の否定ではない。」
という感覚があったのかもしれません。

 もちろん、これは私の観察から生まれた仮説です。
本人たちに確認したわけではありません。
 けれども、私は二人の間に、とても安心できる空気を感じました。

一方で、防御型BBが強く働くと、
「わからない。」
という一言が、
「バカにされた。」
「否定された。」
「自分の価値が下がった。」
と変換されることがあります。
 すると、
知っているふりをしたり、
「そんなこともわからないの?」
と相手を責めたり、
「察してよ。」
と言ったりすることもあるでしょう。
 質問そのものではなく、自分を守る反応が前に出てしまうのです。

 私は、BBモデルとは、
自分の感情や行動を責めるための理論ではなく、
「なぜ私は、こんな反応をしたのだろう?」
と、自分のブラックボックスに気付くための理論だと考えています。

 「わからない」と言えない事情も、
「わからない」と言われると苦しくなる事情も、
人それぞれあるでしょう。
 だからこそ、自分の反応を責めるのではなく、まずは気付くこと。
 そして、
「もう、この防御は必要ないかもしれない。」
そう思えたものから、少しずつ手放していけばいいのではないでしょうか。

 私は、「わからない」と安心して言える人だけではなく、
「わからない」と言われても安心していられる人も増えたらいいなと思っています。
 そんな人が少しずつ増えていけば、
「わからない」は恥でも否定でもなく、
新しいことを一緒に知るための始まりになります。
 そんな文化が、少しずつ育っていったらいいな、と私は願っています。
 ではまた・・・。

(HAL314の二つのブログ「古今東西」も「重ための話」も、不定期更新)