今回はわたしの敬愛するアセンデッドマスターのおひとりである留岡幸助氏の言葉をお借りしてお話をしたいと思います。
留岡幸助氏とは、明治から大正、昭和を駆け抜け、非行少年と呼ばれていた子どもたちを北海道の遠軽の地に引き取り、少年たちのこころを開拓し、童心を、そして人としての真の精神を取り戻してもらおうと奮闘したかたです。
留岡氏は、
「北海道で少年に馬の世話をさせると、ぴたりと逃走が止んで、快活になる。
荒くれた少年に牛の面倒をみさせると、いつの間にかおとなしくなっている。」
と気づかれたそうです。
また、留岡氏は現存する「北海道家庭学校」の創始者でもありますが、
その茅ヶ崎分校にて、少年たちが、降り注ぐ太陽のもと、新鮮な空気を吸い、とりたての野菜と魚を食べ、労働に従事している様子を見て、
「少年たちの表情が明るくなり、性格が快活になってゆく」と喜ばれたといいます。
一方、わたしの話で恐縮なのですが、わたしは「団塊ジュニア」と呼ばれる世代であり、その中でも「一に勉強、二に勉強。他者よりも高い学歴を得よ。それが経済的強者になる唯一の方法である」という、価値観がかなり極端なグループに、親によって「放り込まれた」といった具合でした。
遊びなど一切不要。
友情など真に受けるな。友というものは競争相手であり、敵ですらある。
従って知識をぐんぐん吸収できる子ども時代に友達と遊ばせるなど愚の骨頂。ダイヤモンドの原石を腐敗させるがごとき悪行である。
そのような、わたしにとってはまったく自分の肌に合うものではなかった価値観の中に居たため、苦しみました。
しかしわたしのような人ばかりではなく、その価値観の中や親との関係などに何らかの手ごたえを感じて「成功した」人たちも多くいらっしゃったことでしょう。
今までの時代のやり方で「うまくいっている」と嬉しく感じるかたは、親をはじめ、これまでの時代の価値観を踏襲すれば良いのです。これは勝敗、優劣といった単純に比較できるものではなく、本当に人それぞれなのです。それは各人の価値観、人生だからです。
ですがもしも何か生きづらさを感じているのであれば、一度、自分は何が苦しいのか、本当はどうしたいのかについて、立ち返って自分のこころに聞いてみると良いでしょう。
どれが、自分にとって本当の世界なのでしょうか?
どのような時に「生きる喜び」を感じるのでしょうか?
他者の目線や思惑を一切排除して、自分の本心と向き合うことです。
自分の本当の気持ちは、自分しか、聞いてあげられないのです。
本来の自分に戻って生きていきましょう。