愛について | 伝えたい人、音にならない考え事

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演劇、表現活動での色々。独りよがりだけど伝えたい、そんな支離滅裂。

「結構色んな人に愛されるタイプだと思うよ」的なことを言われた。
不思議だ、自分を卑下する癖は治さなければと思うけれど、損得抜きで愛されることなんて、家族を抜きにすればきっとないと思っていたから。

愛について。1年と少し前のひまじん企画の中で、「愛について」というテーマがあったことを思い出す。「愛してる」という言葉について。「好き」との違いについて。当時参加してくれたメンバーが私を含めて7人。7人それぞれに、愛の定義とその扱いが様々だったのは面白かった。そのとき自分がなんて言ったのか、実はあんまり覚えていないけれど。正直愛って分からない。頭に恋が付く愛なんて完全に管轄外だけれど、シンプルな愛ですら、最近は分からない。大切だ、愛してると思っていたものが実は簡単にガラクタになってしまう経験をしてしまった。人の気持ちは変わるもので、人の価値観は刻一刻とアップデートされる。普遍の愛なんて、あり得ないんじゃなかろうか。
愛し愛される生き方に憧れる。男女間に限らず、そんな誰かがいればいいのに。でも、「愛されてる」って言われるってことはもう愛されているのか?じゃあ何で気付けない?人の心が読めたらいいのに。コミュニケーションの最適解は、一体どこにあるのだろうか。
もしも私が誰かに愛されているとして、その状態で自分を卑下したり「愛されたい」と謳うことは、その誰かに対して失礼にあたるのでは?私の好きな曲に「自分嫌いのあなたのことを愛する僕も嫌いなの?」という歌詞がある。痛い所を突かれた。でも、あなたが僕を愛していることを、僕はどうやって知ればいい?言葉や笑顔を信じられない僕だったら、何をもってその愛に確信を持てばいい?結局、自分を卑下して予防線を引くのが最善策になってしまう。あーあ。分かりやすく愛されたい。
そして、愛したい。自分がこんな考えだから、愛を伝えるのにも躊躇ってしまう。笑われたらどうしよう。信じてもらえなかったら、あしらわれてしまったらどうしよう。伝わらないことはいつだって寂しい。言葉がなくても伝わるくらい、分かりきった愛があればいいのに。相手が絶対に受け止めてくれると確信できる関係性は、なかなか叶わないものである。

結局、とんでもなく失礼なことと分かりながら、側にいてくれる人を離さないために「使える人間」になろうとする自分。能力を身につけて自分の付加価値を上げていくことで、他人からの承認を得ようとする。仕事を褒められると嬉しい。それは事実でしかないから。感情なんて掴み所のない物よりもずっと分かりやすく信じられる指標。強い個体はモテる、みたいな野生動物的な価値観。

そうだ。動物にも愛の感情ってあるのかな。つがいの愛も親子も、全部生存本能で片付けられてしまうよな。人間だけが例外って、本当かしら。
人間も、血が濃くなりすぎるのを避けるために、遺伝子が近い男女はくっつかないようになってるらしいですよ。「お父さん臭い!」現象とか分かりやすいけど。人間も動物なんだなあ。
じゃあ、なんでこんなに面倒臭いのさ。他人の言葉も素直に受け取れない、自分の感情にすら自信を持てない個体が存在するのはなんで。バグか?バグなのか?そんなこと言ったら人間の存在自体が地球にとっちゃバグだよなあ、とか言ったら話が逸れていくけど。

結果、愛とはなんぞや。
男女の愛の話をしたいわけじゃない。こんなことを考え始めたのは、兄弟愛の戯曲を扱っているからなんだけど。自分以上に誰かを大切に思うって、どんな感じなんだろ。特別、唯一無二、その人がいないと生きていけない。「あなたが笑っているだけで僕は幸せ」なんて、感じてみたいぞ。なんでか自分が書いた戯曲に頭を悩ませている今日このごろである。

今回、役者として本当に難しい。「私の戯曲の登場人物は全部私だから、自分で書いた役はぜんぶ演れるよ」なんて豪語した数ヶ月前の自分をぶん殴りたい。今回の戯曲に関しては私じゃない。私の願望だ。芝居の上とはいえ願望をそんな簡単に体現できるなら、とっくに現実世界で手に入れてるよってね。
役に共感しようとするのは何年も前にやめたはずなのになあ。ていうか、共感できないならなぜ書けた。おい1年前の私よ。オーダーもらった結果とはいえ、願望だけでどうして戯曲が書けるんだよ。どんだけ夢想家だよ。
とかなんとか、書いた当時の自分にツッコミをいれながら、七転八倒しております。二重人格か私は。

冗談はこのくらいにして。初演時に評判の良かった戯曲だけに(ありがとうございます)、大切にしたいのです。これも愛?違うか。でも、自分で書いた戯曲はやっぱり大事にしてあげたいっていうのはあるかも。親子愛、みたいなもんなのかな。
まあ、自分の中に生まれた愛という感情を、戯曲という形で消化しているんでしょうね私は。現実世界では冷めた人間でいるのがデフォルトだし、その方が楽だから。激しい感情は全て文字化して片付けます。

愛についてはよく分かんないけど、大事なものはいっぱいあります。関係性に名前をつけるのは難しいけど、大事な人もいっぱいいます。それで十分なのかも知れないな。

しかしやっぱり、愛し愛される生き方をしてみたいと思う私であった。なんじゃそりゃ。締まらねえな。稽古頑張ります。