現在はひとり芝居に向けての準備を進めているわけで、ずーっとひとりでの作業が続いています。正直、ちょっとキツいなあ。
考え事をしてしまうのが癖で、人と一緒にいるときに急に喋らなくなったりしたら、八割型考え事です。ましてや、ひとりでいるときなんて、もう考え事の嵐。そしてそんなとき、ネガティブなことを考えていることが多いのであります。考え事の内容は、作品のこと、スケジュールのこと、ごはんのこと、それに「自分とは?」みたいな哲学的なこともよく考えます。まあ、重要なことからどうでもいいことまで色々と、延々と考えています。
ひとりで作業をしているときは、この考え事が結構な割合で作品に反映されている気がする。誰かと作業をしているときはそこに他人のエッセンスが混ざり、そっちに染まることも多いし、混ざって混ざって新たなものが生まれることも多い。そしてその中に、自分のテーマみたいなものを新しく見出していけたりもする。ただひとりでの作業にはそれがない!とにかく自分との対話、自分との戦いなわけです。
もちろん、それが悪いってわけじゃない。ただ、ただただしんどいんです。自分のカッコつけた言葉の中にある、カッコつけきれなかった部分とか、カッコつけすぎた部分とかがぜんぶ表れてしまう。そしてその言葉に自分の声で音をつけて、これまた自分の体で動かしていく。至らない部分、欲しいのに持っていない技術。自分の怠け者なところとかも全部浮き彫りになります。ほんでその浮き彫りになったものを、見ている人はどう見るんだろう?息苦しくはないだろうか、なんて思いながら軌道修正できずにいる、なんてこともよくあります。
初めてやったひとり芝居は、自分の「好き」を追求しました。今回は「嫌い」とか「怖い」が詰まった作品になりそうです。それは予期していたわけではなくて、でも、今年二十歳になったってこととか、色々考えたら必然なのかなって思います。もちろん、観ていただかないとなんともだけれど。
えっと、それで、「ひとり作業はつらい!」ってことが伝えたかったわけじゃないんです。物語を作るって、作者のナマの部分、醜いところも合わせたリアルを、いかにデフォルメして普遍化するかって話だと思うんです。「私はつらいんだ!」って叫ぶことは、きっと作家の仕事じゃない。
なんでこんなこと書くかって、自戒です。よく、「これを観た人にどんな気持ちになって欲しいの?」と聞かれます。読後感ってやつですな。ただ叫ぶだけなら作家じゃなくていい。でも、私にはまだ、上記の問いの答えは出せません。作家としては駄目だと思う。「どう感じてくれてもいい」は逃げだよな、とも思う。
要するに、今、そんな戦いをしています、ってことです。自分を見てる自分と、観客を見てる自分とのバランス。本当に本当に短期決戦です。今回の公演だけで答えが出せるはずもないのですが、やれるだけはやってみようと。少し実験もさせてもらいます。
投げ銭制で、実質ドリンク代だけで見られるので、お気軽にぜひー!
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