成人の日、だそうな(昨日が)。 | 伝えたい人、音にならない考え事

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演劇、表現活動での色々。独りよがりだけど伝えたい、そんな支離滅裂。

去年、下駄を買いに入った某着物屋さんで「いいです」と言っているのに無理矢理振袖を試着させられ、しかもそれが恐ろしく重くて苦しかったので、たとえ成人の日であろうと振袖は着るまいと思ったのです。まあそれだけではないんだけど、面倒くささもあるんだけど、諸々理由あって、何もしていない成人の日。それどころか何も考えずバイトを入れ、思いっきり照明バラシしてきた成人の日です。振袖も成人式も同窓会も、全く興味がなかった。もはや清々しく自分らしい過ごし方だったなあと思います。
選挙権が18歳からになって、だからその頃から責任だの自覚だの言われ始め。20歳になって変わったことといえば、お酒を飲めるようになったくらい。正直、大した節目じゃない。次の節目っていうと、大学卒業でしょうか。就職しない私にとってはそれすら「平日昼の解放」くらいにしか思っていなかったりするけれど。
成人の日はともかく。1月っていうのは不思議な時期で、誕生月ってこともあるだろうけど、結構色んなことを考えてしまうのです。今年の抱負、なんて来月には忘れているようなことを決めてみたり。今年は公演の区切り目で年越しだったので妙に落ち着いてしまって、何もしたくないけど何もしないでいると不安みたいな時期も長くて。「やりたいことしかやらない」と決めてはいるけれど、本当に今やってるのはやりたいことなのか?とか、新しいことやりたいけど、今やっていることとぶつかりはしないだろうか?とか。
最近分かってきたこと。「やりたいこと」だけなら無限にある。やりたいけどできてないこともあるけど、別に焦ったりはしない。実際の行動に移せるのは「自分より上手くて多分一生敵わないであろう人がいてもそれをやりたいと思えること」。「あ、あんな人がいるなら自分は消費者でいいや」と思わされたこと、何度かある。ただ自分が楽しいために演劇やらをやってる私にとっては、それはけっこう不思議な感覚だったりもする。もしも演劇でそんな経験をしてしまったらどうなるんだろう、なんてことも考える。一年前くらいまでは「一生役者やってくんだ!」なんて思ってたけど、今は「一生」なんて簡単には言えないなあ、と思う。世界、広がったよ、本当。
あ、でも、新しいことは始めたいなあと思っている今年であります。去年はなんだかバイオリンいっぱい弾いたから、今年は音楽をちゃんとやってみたいな、とか。単純に部屋を片付けよう、とか。まあこれも、来月には忘れているかもしれないんですが。でも音楽は本当にやりたいなあ。「消費者でいいや」になりかけていたうちの1つでして、でもやってみるとやっぱり楽しくて、新しい楽器始めるとか、歌でなんかするとかしてみようかな。ただの戯言ですが、半分本気だったりする今年の目標です。

自分でもびっくりするくらいまとまりのない文章だな。しかも成人の日終わって15日になってしまった。深夜に書いてたら寝落ちたんです。
要するに、今年も頑張るぞ、よろしくお願いしますってことです。