前記事の続きです。
二日目。
次にカーナビに入れた地名は、
旧大川小学校。
女川の街中から、車で30分?ほど北上した場所にありました。
この学校は震災の時、多くの小学生と教師が亡くなった所。
この学校で何が起こっていたからたくさんの方が亡くなったのかは、
是非、これを読んでみて下さい。
天災で自分の子供が亡くなる、
なんてこと、人生で一番辛いことだと私は思うのに。
もしそれが、人災でもあるとしたら。
深い悲しみと共に、強い憎しみまで感じることになっていたであろうことを考えたら。
強く強く強くやり切れない思いを感じました。
だからこそ。
命が助かる方法をとにかく。
知ってなければダメだと。
今回。
地元の方に話を伺いましたが。
皆さん口を揃えて言ってたのは、
自分たちのこの悲しい出来事をとにかく繰り返してほしくない、
ということでした。
知識として知るということ。
それが大事だということ。
(大人も子供も。。。いや、大人が、か)
それを後世に残すということ。
実際にこの場所に来て感じたのは。
裏の山はなかなか険しいけれど、普段から庭のように登っていた子供達だったのなら。。。ということ。
大きな川のすぐ近くだということ。
水の恐怖を普段から感じでいそうな場所じゃなかったのだろうか?
ということ。
私の生理的に、水の近くには近付きたくない、そんな立地だったということ。
なぜ。
高台に逃げなかったのか。。。。
(逃げられなかったのか。。。)
という、やるせない思い。
とてもモダンな建物なんです。
この小学校。
普通に。
普通の街が。
ここでも、根こそぎ消えてました。










