宮城県三陸沖を巡る旅 その1 | 好きなコードはEadd9

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錦戸亮
デビュー後の兄組通りました
(今はストとトラジャを応援)
そして
7→6の関ジャニ∞の記録

ずっと来たいと思っていて。

実現してなかった旅に来ました。
あれから8年。
2019年の、東北の震災地を訪ねる旅に。
 
 
これは東松島市の元、野蒜小学校にあったという時計。水に浸からなくてすんだものだそうですが、この時間に時を止めてます。
 
 
 
 
 
 
 
今回の旅は、高校時代からの友人と。
彼女も私も20代は一人旅ばっかりしていて。
その後、お互い結婚、出産、
そんな感じで2人で旅をするなんて、四半世紀ぶりなのかな。
なんか、不思議な感じでございます。
 
2人とも、なんとかなるさー
のノリなので。
とりあえず初日泊まる宿と、
仙台駅からのレンタカーだけ予約して。
行き当たりばったりの旅がスタート。
 
 
 
 
 
仙台駅で待ち合わせ。
お互い、同じ新幹線の同じ車両にいたことが判明。
降りた後に(笑)
1人が平気な者同士だと、こんな感じよね、と笑い合う。
 
まずは牛タン?
と彼女が言うので(11時前だったが)
駅構内にある牛タン屋さんへ。
 
牛タン焼きを彼女が頼んだので、私は牛タンシチューを。
美味しかったです!
まだ、早い時間だったのですぐにお店に入れましたが、私らが食べ終わって店を出た頃は、どこの牛タン屋さんも行列が出来てました。
 
 
 
 
 
仙台駅付近でレンタカーを借りて、スタート。
 
まずは、東松島市の野蒜駅を目指すことに。
 
この野蒜駅、昔(震災前)家族と訪れたことがあったんです。
その後震災で大打撃を受けたというニュースを聞き、ずっと気になっていた場所でした。
 
 
 
有名観光スポット、松島を車で通り過ぎます。
(このあたりは津波の被害にはあわなかった所、震災前に訪れた時と風景は変わってないように見えました)
 
エイター的に言うとこの松島は、
冒険マップでヤスが船に乗ってカモメにノールックでエサを与えてた所ですね(笑)
 
 
 
カーナビに「野蒜駅」と入れて到着したのは現在の野蒜駅。
とても新しくてキレイな駅。
かなりの高台にお引っ越ししています。
右手にうっすら下の方が見えてますが、旧野蒜駅はそちらの方にありました。
 
この、野蒜駅周辺。
この野蒜駅と同じ時代に建てられただろうな。。。と思われる、新しい住宅地になっていました。
全く同じような新しい家、家、家。
事情がわからない私たち2人の目には、少し不思議な光景が広がっていました。
 
新しいモノしかない街。
 
その違和感といいますか。
 
 
 
旧野蒜駅にはメモリアルパークがある、という事なので。
そちらへ行ってみる事に。
 
高台から地下通路を抜け、下へ降りると。
だだっぴろい土地にいくつか住宅が、ポツリポツリ。
こちらの家は、普通に歴史を刻んだ趣の家々でした。
 
 
 
旧野蒜駅は、
東松島市震災復興伝承館
になっていました。
 
その案内人の方がお話をしてくださることに。
 
この、当時を知る方のお話。
とても聞けて良かった。
 
私達が不思議に感じた高台の街はまさに、
2年前ぐらいに広大な敷地を造成して出来上がった震災復興住宅街でした。
旧野蒜駅付近に広がる、津波の被害にあったあたりに建つ家々は、
リフォームしたり、嵩上げした敷地に立て直してある家々だそうです。
 
この野蒜駅一帯に押し寄せた津波の高さはこの赤いラインまで。
 
 
 
 
 
当時の駅の様子。
 
 
 
 
 
当時と、今残されて保存されているプラットフォーム(現在は使われてません)
 
 
 
 
全て新しい街。
 
この8年という歳月で、ここまで来た、この街にか換わってきた人々の膨大な努力に。
ただただ、言葉を失いました。
 
当日はこの街の小学校は卒業式で。
たくさんの人が集まっていたそうです。
体育館の両脇に高いところあるじゃないですか。
あそこに皆、登って逃げたそうです。
 
その翌日には、ご遺体を安置する場所になったそう。
体育館の中一帯に、亡くなった方のご遺体があったそうです。
 
街には乗馬場があり、三頭の馬がいたそうですが、みな亡くなり。
しばらくは死体も片付けられず置いてあり。
その方は娘さんとそこを通る度、反対側を見て見ないようにしてきたそうです。
 
この方も、自宅に流れて来た見ず知らずの方を、服を全部脱がせて全身マッサージして暖め、救急車を呼ぶが全然来てくれず、諦めてご自分の車で隣町の松島の病院に行ったら、そこにはまだだれも地震の被害者は来てなかったそう。
 
 
 
当時のまま残してある券売機。
 
 
 
 
この半島は震災前は。
美しい島々の景観と、美しい海があったところでした。
私が家族で訪れた時は真冬だったので。
また、夏に来ようね!なんて話していましたが、かなわないまま。
でも、この半島で再開した宿もあるそうです。
 
 
 
 
 
 
続きます。